「フェイスブック経済圏」のはじまりか

フェイスブックの開発者会議「F8」が開催された、サンフランシスコ市のフォート・メイソンセンター入り口に設けられた大きな看板 フェイスブックの開発者会議「F8」が開催された、サンフランシスコ市のフォート・メイソンセンター入り口に設けられた大きな看板

 米フェイスブックは、4月12、13日にサンフランシスコで開催された開発者会議「F8」において、メッセンジャーを利用した企業向けのプラットフォーム「bots on messenger」を発表した。フェイスブックが提供するメッセンジャー「フェイスブック・メッセンジャー」上でチャットボット(注1)が稼働し、メッセンジャーで短いメッセージを送れば、ニュースを読んだり、スケジュール調整や航空券の予約などを行うことができる。誤解をおそれずに言えば、いくつものアプリを切り替えることなく、メッセンジャー一つで何でもできてしまうということだ。単純な文字列だけでなく、画像やリンクなどを表示でき、物販、カスタマーサポートなどのリアルタイムコミュニケーションが可能となる。人工知能(AI)を利用しているので、ユーザーの利用状況などを学習して、高度な対応が可能になることが期待されている。CNN、エクスペディアなど約30社が試験的に導入し始めており、今後は誰でも使えるようになる。

CNNがフェイスブック・メッセンジャーに提供するチャットボット CNNがフェイスブック・
メッセンジャーに提供する
チャットボット

 CNNは、メッセンジャーに最新ニュースを配信するサービスを始めた。写真付きで配信されるニュースは、「Read story」を押すとサイトに誘導され、「Get a summary」を押すとニュースの要約がメッセンジャーに配信される。「Ask CNN」というボタンも用意され、ニュースを検索し、その結果がメッセンジャーに配信される。アプリを起動しなくてもニュースが読めてしまうというわけだ。

 スマホ向けアプリのダウンロード数は現在も伸びているが、一時の急速な成長は落ち着き、アプリ市場は成熟してきたと言える。またアプリをダウンロードしても、その4分の1は一度使ったきりで削除していると言われている。そんな中でメッセンジャーと呼ばれるアプリだけは勢いが衰えていない。月間利用者数(MAU:Monthly Active Users)で見れば、フェイスブック・メッセンジャーとフェイスブック傘下の「What's up」が群を抜いて多く、フェイスブックによれば、二つのメッセンジャーアプリで1日に600億件のメッセージがやり取りされているという。このメッセンジャーの巨人の動きは、アプリに代わってメッセンジャーが新たな「経済圏」を築くということにつながるのかもしれない。

 このような勢いで書かれると、ついつい「bots on messenger」に高度なことを要求してしまいたくなるが、ボット技術はまだ開発途上。期待が裏切られてしまうこともしばしばだ。筆者が試した天気予報ボット「Hi Poncho」は、朝と夕方の天気予報の定時配信を設定したにもかかわらず、これまで一度も送られてきたことがない(その後、4月21日から送られてくるようになった。サービスが日々、改修されているようだ)。これはかわいい方で、米マイクロソフトが開発し実験中だったボット「Tay(テイ)」は、ツイッター上で人種差別的な言葉を発するようになったため、3月24日、実験中止に追い込まれた。

会場を見て回る、マーク・ザッカーバーグCEO 会場を見て回る
マーク・ザッカーバーグCEO

 「bots on messenger」以外にも、「Live APIの公開」「360度動画撮影・編集システム」「アカウントキット」「インスタント・アーティクルの開放」など数多くのプロダクトや取り組みが報告された今回のF8。マーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)がキーノートスピーチで、「Connectivity」「AI」「VR/AR」という三つがフェイスブックの「10年ビジョン」のポイントだと話したが、「platform(プラットフォーム)」という単語も会場のあちこちで耳にした。フェイスブック・メッセンジャーではすでに送金ができるし、米チケットマスターと提携してフェイスブックのイベントページから直接、スポーツの試合やコンサートのチケットが購入できるようにもするという。ザッカーバーグCEOが言う三つのポイントは要素に過ぎず、それらを組み合わせて「フェイスブック経済圏」を作るのが真の10年ビジョンなのだろう。ウェブ、携帯電話、スマートフォン。メディアは新たなプラットフォームが出現するたびに翻弄(ほんろう)されてきた。メッセンジャーでもそうなるのだろうか。

 (注1)チャットボット:メッセンジャーアプリ上で、会話するように質問に答えたり、課題をこなしたりするために設計されたソフトウェアプログラム。AIをベースにしているので、人間とやり取りをすればするほど言葉を学び、反応も覚えるようになる。

(朝日新聞社 メディアラボ 米シリコンバレー駐在 野澤 博)