ベンチャーの機動性

 今さらながらの話にはなるが、ベイエリア(サンフランシスコ湾岸地域の総称)に進出している日本企業が増えている。

 北加日本商工会議所(JCCNC)と日本貿易振興機構(ジェトロ)サンフランシスコ事務所が隔年で行っている調査結果によれば、ベイエリアに進出している日系企業は、2014年には719社あり、1992年の調査開始以来、過去最高だという。筆者は02年夏から1年ほどベイエリアに住んでいたのだが、いわゆる「ドットコムバブル」が崩壊し、多くの日系企業駐在員が帰国する様子を見ていたので、状況が180度変わったことに、時の流れを感じてしまう。

 数が増えるのと歩調を合わせるように、進出企業の業種も豊富になっている。IntelやAppleなどがあることもあって、以前は、電機メーカーや部品メーカー、商社などが目についたが、いまでは自動車部品メーカー、ネット系企業、企業の福利厚生などを手がけるサービス業なども数多く進出しているし、酒造会社や外食チェーンなどのフード系企業、銀行や証券会社などの金融系企業、朝日新聞社のようなメディア企業も進出している。進出してきた日系企業の多くは、新規事業開発に向けた情報収集と実際の事業開発を目的としている。

 こうした日系企業の駐在員の方々と話をする機会があるが、そこでは必ずといっていいほど、駐在員が直面する苦悩を聞いたり、話したりすることになる。いくつか共通する「苦悩」があるのだが、その典型例の一つが「スピード感」だ。

 ベイエリアの日系企業駐在員が相手にするのは、その多くがベンチャー企業だ。ベンチャー企業は、手持ちのお金が底をついたところでゲームオーバーとなる。個人やベンチャーキャピタルなどの投資家から得た資金を効率よく使って、その資金が底をつかないうちに事業を大きくし、次の出資を引き出さなければいけない。勢い、何ごともスピード感を持って動かざるをえなくなる。

 一方の大企業(日本の企業に限ったことではない)はどうだろう。資金も人材も豊富、決裁権を持つ人が多数いるので調整に時間がかかる、何かあった場合のリスク予測などなど、関係部門の合意形成をするだけで、1、2カ月かかることはザラにある。

 大企業の多くは、四半期、年度、中長期など、様々なレンジに応じた経営計画があり、それに基づいて企業運営がなされている。ベイエリアに進出してくるのも、こういった計画に基づいてのことだ。スピード感が命とも言えるベンチャー企業は、どうやって経営計画を立て、実行しているのだろうか。

ガレージで仕事をするシリコンバレーのベンチャー企業 ガレージで仕事をするシリコンバレーのベンチャー企業

 ある日系米国人のベンチャー企業共同創業者は、ベンチャー企業における経営計画や意思決定について、こう話してくれた。
「ベンチャーから見て、中長期と言えば6カ月や1年後の話なので、それよりもレンジの長い計画は、必要がない限り作りません。もちろん『マーケットは大きくなる』という予想はしますし、その根拠は考えますが、具体的に計画を立てることは意味がないと思います」「ハイレベルな目標・マイルストーンの設定はしますが、どうやってそこにたどり着くかという具体的な計画は、フレキシブルに変えながら進めています」

 5年、10年後をしっかり想定して計画を立てられるようなマーケットは、そもそも大企業の方が圧倒的に有利で、ベンチャーは、不確定な未来の世界を手探りで進んでいくのが得意という違いはあるにせよ、彼の話は大企業でも本来取るべき姿勢なのではないだろうか。「ハイレベルな目標・マイルストーンを設定する」ことがゴールではなく、そこに到達することが目的であり、その進め方は本来、状況の変化に応じてフレキシブルに変えられるものでなくてはいけないのであろう。外部要因がこれだけ劇的に変わっていく現在、中長期の経営計画の意味合いは大きく変わり、到達すべきゴールを示しつつ、どうやってゴールにたどり着くかはフレキシブルに考える、そういう機動性の良いものでなくては、時代に対応できない。

 来年度の予算や事業計画を検討する時期になり、「計画」の意味するところを改めて考えながら、どうすればベンチャー企業並みの柔軟性を確保できるのか、筆者も頭を悩ませている。

(朝日新聞社 メディアラボ 米シリコンバレー駐在 野澤 博)