「考えついた」その先にあるもの

 先日、日本のベンチャー企業が自社のサービスを英語で紹介するピッチ(注)イベント「SFジャパンナイト」(米コンサルタント会社のbtrax主催)がサンフランシスコ市内で行われた。

審査員との質疑応答を行う発表者 審査員との質疑応答を行う発表者

 このイベントは、日本のベンチャー企業の海外進出を支援するために2010年に始まり、今回で8回目。これまでの出場企業には、低価格で翻訳サービスを提供する「Gengo」や、ペンで描いたりプリンターで印刷した紙が電子回路になる「AgIC」、チャット、タスク管理機能、ビデオ・音声会議、ファイル共有など仕事の円滑化・効率化を支援するコミュニケーションツール「chatwork」など、すでに多くの利用者を抱えるものも多くあり、世界市場への登竜門として知られている。

 今回の大会には、東京で10月に開かれた準決勝を勝ち抜いたファイナリスト5社が登場。球場やお寺、古民家、映画館、電車など、空いているスペースを簡単に貸し借りできるオンラインサービス「スペースマーケット」、ゲーム感覚で英語が学べるスマートフォン向けアプリ「Comic English」、自動車の運転中に安全にスマホを使えるサービス「Drivemode」、動画翻訳・編集サービス「Colavi」、語学のQ&Aサービス「Hinative」の各担当者が登壇し、英語でプレゼンテーションを行った。

優勝し表彰される「スペースマーケット」の代表 優勝し表彰される
「スペースマーケット」の代表

 評価の基準は「技術」「ビジネスモデル」「利用者への価値提供」「発表スキル」「グローバル展開の可能性」の5点。いずれの項目でも各社、大きな差はつかなかったが、コンスタントに評価を得た「スペースマーケット」が優勝した。

 会場には約300人の起業家や投資家、企業の新規事業開発担当者らが集まり、熱心にピッチを聴講し、ピッチ終了後の懇親会でも積極的に登壇者に質問するなど、非常に熱気に包まれたイベントだった。

 会場で、駐在員や企業から大学に派遣されている方を中心に、多くの皆さんと話をした。「『スペースマーケット』が優勝しましたね」と言うと、「あまり斬新なビジネスモデルではないかな」「レンタルスペースにおけるAirbnbだね」「この程度なら誰でも考えつくかも」という意見が圧倒的に多かった。そういう私もその時点では、似たような感想しか持ち合わせていなかったが、一方で、自分の感想に違和感も持っていた。

 「この程度なら誰でも考えつく」。それは確かにそうなのかもしれない。ただ、そこから一歩を踏み出したという事実が重要で、私を含めた多くの人は、その一歩を踏み出さないで終わっているのではないか。一歩を踏み出したからこそ、そこにあるユーザーのニーズに気づき、スペースを貸し借りするだけのマーケットプレースだけではなく、シェフのシェアリングサービスとのコラボレーションなど付加価値を提供することで、サービスの幅を広げることが出来るようになったのかもしれない。一歩を踏み出すことによって見えていた景色が一変し、これまで誰も見たことのない風景が、そこには広がっているのだろう。

 誰でも考えつきそうなことを、実際に一歩踏み出してやってみた。そこが一番評価されるべき点で、スペースマーケットはもちろんのこと、今回登壇したベンチャー企業に関わるすべての人が、相応に評価されるべきなのだろう。一歩踏み出して、さらにサービスの幅を広げているスペースマーケットの優勝は、やっぱりそれに見合う価値があるのだ。

 企業に身を置くと、「出来ない理由」を探す習性が身につきがちだ。「この程度なら誰でも考えつく」というのもその一つだろう。新規事業開発などに関わる身としては、今回登壇したベンチャー企業ほどではないにしても、「出来ない理由を探す前に、一歩前に踏み出してみる」ことを強く意識しなければいけないと感じるとともに、この意識を、一緒に仕事する仲間とも共有したいと思いながら家路についた。

(注) ピッチとは、投資家へのアイデアやサービスのプレゼンテーションのこと。

(朝日新聞社 メディアラボ 米シリコンバレー駐在 野澤 博)