変わる?メディアの収益モデル

 9月21~23日にかけて、サンフランシスコのPier 70という湾岸エリアで、スタートアップ(設立間もないベンチャー企業)が集まる世界最大級のイベントの一つ「TechCrunch Disrupt 2015」が開催された。

 このイベント、主催はアメリカのテック系メディア「TechCrunch」。春はニューヨーク、秋はサンフランシスコと年2回開催され、そのチケットは、早期割引はあるものの1,995ドル~2,995ドルと非常に高額だ。それでも毎回、数千人が参加する。今回もおよそ5,000人が参加したと報道されている。ちなみにTechCrunchでは、「International City Events」と称して、メディア展開している地域ごとのイベントも開催しており、これまでにはベルリンやロンドンでも開催されている。日本では、TechCrunch Japan主催の「TechCrunch Tokyo 2015」が、11月17、18日に開催される。12月にはロンドンでの開催が予定されている。

 TechCrunchは2005年、サンフランシスコでマイケル・アーリントン(Michael Arrington)氏により始められた。06年2月にはフランス語版、同年7月には日本語版、8月にはヨーロッパ(UK)版と順調に拡大。08年9月、「Disrupt」の前身にあたる「TechCrunch50」をスタートさせ、イベントビジネスの世界に踏み出した。10年9月にAOLに買収されたが、いまでも独立して運営されている。05年に立ち上がったメディア系スタートアップが5年を経て、デジタルメディアの巨人の一つに買収されたということになるが、その背景には、イベントによる収益の増大・安定化とその成功による知名度の飛躍的な向上があるだろう。

 メディアがイベントを開催し、メディアとイベントを結びつけるのが、アメリカでは一つのトレンドになりつつある。TechCrunchはイベントを開催し、会場で開催されているピッチ(スタートアップのサービス発表)や講演を記事で報じ、動画で中継している。自社でイベントを開催してニュースをうみ出し、そのニュースを自社のメディアで報じる。その報道によってイベントはさらに盛況になるという、メディアの新たな「エコシステム」のようだ。

re/codeのイベントページ re/codeのイベントページ

 TechCrunchのさらに上を行くメディアがある。ウォールストリート・ジャーナルのベテラン記者コンビ、ウォルト・モスバーグ(Walt Mossberg)氏とカーラ・スイシャー(Kara Swisher)氏が2014年1月に立ち上げた「re/code」。テックビジネスに関するニュースなどを配信しているメディアだが、会社としての収益のほとんどを、イベントから上げているといわれている。イベント開催で得た収益でメディアを運営しているということになる。リゾート地の高級ホテルを会場にしたカンファレンスは、IT企業やメディアの著名な経営幹部をゲストに招くこともあり、数千ドルのチケットがあっという間に売り切れ、キャンセル待ちが数百人にもおよぶ。ちなみにこのre/codeは今年5月、新興メディア企業Vox Mediaに買収されている。

Dealbook conferenceの案内ページ Dealbook conferenceの案内ページ

 新しいメディアだけが、イベント開催に新たな活路を見いだしているわけではない。New York Timesのアンドリュー・ロスソーキン(Andrew Ross Sorkin)氏が2001年に始めた、投資に関するニュースサイト「dealbook」も、招待制のイベントを開催している。こちらも入場料は1,000米ドル以上。ロスソーキン氏のネームバリューで、著名な企業の経営幹部をゲストに招いている。

 日本のメディアはどうだろうか。日本経済新聞社は国内外で話題の起業家、クリエーター、ベンチャー投資家などをゲストに招いたイベント「STARTUP X by NIKKEI」を定期的に開催している。この取り組みが面白いのは、既存ユーザー(読者)には「閲覧+αの体験」を提供するという役割をもつとともに、これまでリーチできなかったユーザーに対しては、新サービスの実験を通じた接点確保の手段として機能している点だ。

STARTUP Xのページ STARTUP Xのページ

 イベントの前にオンラインサロンで意見を交わし、イベントの模様は日経電子版で配信、そのコンテンツの中からセレクトしたものをさらにサロンに投稿する。「コンテンツ」「コミュニティー」「イベント」というメディア・エコシステムを構築して、新たなコンテンツ消費のあり方を模索している。メディアが主語のコンテンツ消費モデルから、ユーザーが主語のモデルに変化していることに対応しようと努力している点は、私たちも見習わなければいけない。

 自社が主催したイベントの様子を自社のメディアで報じる。ともすればマッチポンプと考えられなくもないが、イベント(新規事業)を軸にユーザーとの新たな関係を構築し、そこでの気づきをメディア(既存事業)にフィードバックする。さらにはその収益で、メディアの運営をまかなっていくと考えれば、これも新たなメディアのあり方の一つではないかと思う。実際、マラソンや野球といったスポーツイベント、音楽や美術などの文化催事、講演会など、メディア企業は多くのイベントを開催し、それを自社のメディアで報じてきた。そこに長年かけて築いた人脈、深く解説できる知識、イベントでモデレーターなどをこなす会話力といった「記者が持つ財産」を加えて、メディア企業でしかできないイベントに昇華させたものが、現在のメディア企業によるイベントビジネスではないだろうか。

 企業とメディアの関係性という課題もあるだろうが、メディア企業の財産をうまく活用したビジネスの今後に期待している。

(朝日新聞社 メディアラボ 米シリコンバレー駐在 野澤 博)