米国には、アクセラレーターが数多くある。アクセラレーターとは、スタートアップ(設立間もないベンチャー企業)の成長を「加速(アクセラレート)」するために、数カ月の育成プログラムを提供する組織のことをいう。厳しい選考をくぐり抜けた有望なスタートアップに対して、メンター(指導者)によるトレーニングが中心の育成プログラムを数カ月に渡って提供し、プログラムの終わりには、次の資金調達につなげるためのデモイベントを開催する。著名なアクセラレーターとしては、「500 Startups」「Y Combinator」「TechStars」などがある。企業と提携して行うプログラムもあり、例えばTechStarsは、Disney と提携して「Disney accelerator」を運営している。
先日、500 Startupsが主催するデモデイに参加してきた。デモデイとは、アクセラレーターが「これは」と見込んで育成プログラムに参加させたスタートアップが、投資家や企業の新規事業担当者などに、自分たちのビジネスモデルをプレゼンする場だ。
500 Startupsは、決済サービスのPayPal、ファウンダーズ・ファンドや個人投資家を経たデイブ・マクルーア(Dave McClure)氏が、2010年夏に始めたもので、マイクロVC(事業立ち上げ初期に少額の資金を提供するベンチャーキャピタル)とアクセラレーター・プログラムの両方の性格を併せ持つ。
今回のデモデイでは、シード期(起業の初期段階)のスタートアップ30社、シード後の資金調達を実施中の12社が参加し、およそ500名の聴衆に向けて3分間で、自分たちの製品やサービス、ビジネスモデル、売り上げ、対象市場、成長予測、ランニングコスト、経営チームなどについてプレゼンした。アジア系の経営者も数多くプレゼンしたが、残念ながら日本人は1人もいなかった。
自分たちの事業領域にフィットするようなものがあれば業務提携出来ないかと今回のデモデイに参加したのだが、もう一方で、日本のアクセラレーター・プログラムと何が違うのかをしっかり見極めようという意識も持っていた。日本では多くの企業が、スタートアップとともに事業を作り育てて行くアクセラレーター・プログラムを立ち上げている。私が所属する朝日新聞社メディアラボでも遅ればせながら、アクセラレーター・プログラムを始めることをアナウンスした。自分たちがやろうとしていることと、起業の中心地であるシリコンバレーで行われていることの違いを明らかにし、その差分を自分たちに取り込んで、日本の他プログラムと差別化する目的があった。
結論から言えば、違った点は三つ。まず一つは、参加スタートアップ数の違い。このデモデイの舞台に立っているのは、2~300社程度の応募の中から選ばれ、4カ月の育成プログラムを走り抜いてきた、いわば精鋭たちだ。その数が30社というのは、日本のケースと比較すると多い。そもそも応募の段階で2~300社あるということ自体、起業家の裾野の広さを物語っている。アクセラレーター・プログラムが、メンターから教えを受けるだけではなく、互いに切磋琢磨(せっさたくま)する場であるとすれば、「規模が大切」と言わざるを得ない。私たちも含め、日本のアクセラレーター・プログラム運営者には、規模を拡大する努力が必要だろう。
二つ目は、発表時間が3分と短く、プレゼンに入れ込む情報も、簡単なサービス説明、市場規模、現時点での売り上げと今後の見込み、チーム紹介、ランニング費用などとほぼ決まっている点だ。投資や事業提携を判断するのに必要な情報だけを、コンパクトにかつ効果的に伝えるということだろう。デモデイは単なるイベントではなく、資金調達や協業パートナー探しが目的なのだから、これがあるべき姿なのだ。
三つ目は、アメリカ、アジア、中南米、ヨーロッパなど参加者の国籍が多様なことはもちろん、プログラム参加者が「早い段階で世界展開したい」という志向を持っていることだ。ビジネスの成長を考えればグローバル展開は必須だが、日本の場合、言葉の問題もあって、なかなか世界進出などを口にするスタートアップは数少ない。
環境も人材もシリコンバレーと比べるのは厳しいのが日本の実情かもしれないが、その差を埋めるために、やれることはまだまだありそうだ。自らもまたスタートアップだと思い、何ごとにも謙虚に取り組まなければいけないと思いながら会場を後にした。
参加したスタートアップについては、500 Startupsのページで、発表スライドはスライド共有サービスslideshareのページで確認できる。
参考までに、今回の42社の中で、私が気になったのは以下の3社。
○Virect
ビデオクリエーターと広告主をつなげるマーケットプレース。作りたいビデオをポストすると、ビデオ制作者が応募してくる。制作費3,000ドルあたりのものがターゲット。市場規模は20億ドルと推計。創業者はStanford GSB(ビジネススクール)卒業生。○Results on Air
400億ドルのテレビ広告のうち80%が視聴されておらず、TV広告を買うことは、宝くじを買うようなものになっている。Google Analyticsのようなダッシュボードを提供し、TV広告の有用性を高めるサービス。エストニアをベースに5カ国で展開。最初の顧客は導入後、売り上げが75%増加したという。○Storygami
再生中の動画に関連する情報(関連した動画、ツイート、フェイスブックの投稿、記事など)をアドオンできるサービス。再生途中で離脱するユーザーを少なくすることが狙い。vice、aljazeeraなどのメディア企業が試験的に利用している。ダッシュボードを用意し、ユーザーの動きを計測できる。
・500 Startups日本語版ページはこちら
(朝日新聞社 メディアラボ 米シリコンバレー駐在 野澤 博)