「世界ニュースメディア大会」から見たメディアのこれから

 世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)が主催する「第67回世界ニュースメディア大会」が、6月1日から3日間の日程でワシントンで開催され、筆者も参加した。75カ国からおよそ900人が参加。新聞をはじめとするニュースメディアの現状や将来像について議論した。

 このカンファレンスはこれまで「新聞大会」と呼ばれていたが、今回から「ニュースメディア大会」と名称を変えた。新聞社で働く者にとっては切ない感じがするが、メディアが多様化している現実を考えれば当然の変更だろう。新興ニュースサイトの若手幹部らが、新聞社の経営陣と活発な議論を交わすシーンも多数見られた。

 WAN-IFRAからは、
(1)2014年の世界の新聞社の販売収入(紙とデジタル版の購読料収入)が広告料収入を上回った。
(2)メディアの接触時間において、モバイルがデスクトップを上回った。
という報告があった。新聞産業が紙に依存しつつも、「紙のみ」から「マルチプラットフォーム型ニュースメディア」へ転換していることを表している。

 大会で頻繁に耳にしたのは「ミレニアル世代(18歳~33歳)」「モバイル」「エンゲージメント」という3つのキーワードだ。これまでも意識してこなかったわけではないが、世界のメディア企業は本当に様々なやり方で、想像以上にこの3つのキーワードに真摯(しんし)に向き合っていた。

 ある新聞社の社長に「ミレニアル世代について考えてみるには、まずは自分の子どもの行動を観察してみなさい」と言われたので、早速、子どもの行動を観察してみた。彼/彼女らはあきれるほど長時間にわたってスマホを使い、驚くことに ニュースも読んでいる。でも既存のメディアが提供するニュースサービスではなく、例えばLINEニュースなどを利用している。つまり私たちはリーチ出来ていないのである。

 ミレニアル世代は、アメリカにおいては最大の労働人口を占めている。この世代にリーチ出来ていないことには、今後の企業成長(あるいは維持)は見込めない。彼/彼女らはニュースを読んでいないわけではない。Pew Research Centerの調査によれば、ニュースの約6割をフェイスブックから取得しているという。新聞社やテレビ局が運営するサービスを使ってはニュースを読んでいないだけなのだ。ともすると私たちは「若い人=ニュースに興味がない」という構図を考えがちだが、そうではなく、彼/彼女らに受け入れられるようなサービスを通してニュースを提供すれば読まれる可能性があるのだ。その「受け入れられるようなサービス」を真剣に考えていく必要がある。受け入れられるようなサービス=プラットフォームを志向するのか、受け入れられるようなサービスに乗っかるのか。どちらを選ぶかで、やるべきことが大きく異なるだろう。

 「モバイル」については、デザイン、動画、ユーザーエクスペリエンスなど色々なアプローチがある。今回登壇した企業のサービスは、いずれもクールで使い勝手が良く、ユーザーの動作をよく考えて作られている感じを受けた。

 米新興メディアの一つ「Vox.com」のメリッサ・ベル編集局長は、35種類ものテンプレートを用意し、記事の長さや特性に合わせて使い分け、最適な形でユーザーに届けるシステムを紹介した。

Snapchatのニュース配信サービスについて説明するBell氏 Snapchatのニュース配信サービスについて説明するBell氏

 記録が残らないことで若者を中心に人気を集めているコミュニケーションサービス「Snapchat」のニック・ベル・メディア部門長は、CNNなどと始めた動画をベースにしたこれまでにない斬新なスタイルの報道と動画広告をシームレスに見せるニュース配信サービス「ディスカバー」を紹介。「動画は極めて重要。特に縦長の動画はユーザーの反応がよく、横型の9倍のユーザーが最後まで見てくれる」と話し、デザインと技術の重要性を説いた。

 これらを実現するために、多くのメディアにおいて、記者・編集者、エンジニア、デザイナーがチームを組んで日々の仕事に取り組んでいる。記者・編集者5人にエンジニア1人は必要という報告もあった。そのくらいエンジニアやデザイナーの役割が、サービス開発に重要となっている。

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 「エンゲージメント」については、「コミュニティー」「コメント」が鍵となるようだ。「New York Times」のアーサー・ザルツバーガー発行人とアレックス・マッカラム編集局次長は、NYTimesの編集局改革で、「ソーシャル」「コミュニティー」「アカウント」という3つのチームを編成し、コミュニティーに対して記事をどうやって訴求するのか試行錯誤を繰り返したという。NY市内のネイルサロンに関する記事では、不法滞在している多くの外国人が、劣悪な環境の下、低賃金で働いている事実を明らかにした。これは500万以上のユーザーに読まれ、そしてソーシャルメディアを介して拡散されたという。この記事では記者、編集者、エンジニアが綿密に連携して準備を進めてきた。多くのジャーナリストは使命感に燃えているので変革が難しいが、使命感を満たすために必要と理解できれば、変革を受け入れる。その良い例だと認識している。この記事は韓国語、中国語、スペイン語に翻訳し、さらにメールでのプッシュ配信を行うなど、様々なルートでの拡散を試みた。このような取り組みを重ねることで、ユーザーも増え、エンゲージメントも増加した。

 またこれまで、どの記事を1面に載せるかという「1面会議(Page 1 meeting)」を行ってきたがやめた。1面に何を載せるかではなく、この記事をいつ、どうやって出すかということを相談する会議に変えた。1日を通してデジタルに何を入れるか、オーディエンスはいつニュースを読み、どこにいるのかを念頭に記事を選んでいるという。

 アメリカのトラディショナルなメディアの雄であるNYTimesでさえ、これだけの改革を通じてデジタル化に挑戦し、それでも次々と現れるフェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディア、Vox.comやSnapchatといった新興メディアに脅かされる状況は、私たち日本のメディアも対岸の火事ではないはず。最近では日経新聞が英の経済紙FTを買収すると発表。 日本のメディアが生き残りをかけて、大きく変わる日が来たのかもしれない。

(朝日新聞社 メディアラボ 米シリコンバレー駐在 野澤 博)