4月からロンドンに住み始めて1カ月半、狭い地下鉄の通勤ラッシュにも慣れてきた。朝晩のルーティンはこんな感じだ。行きはラックに積んである「Metro」をサッとピックアップ、帰りは駅のまわりに何人もいる同じジャンパーを着た配布員から「London Evening Standard(ES)」を手渡ししてもらい、サンキュー。こういう乗客が多いので、地下鉄車内は「紙」の新聞を読む人だらけ。単にスマホの電波が届かないからなのかもしれないが、日本では懐かしくなってしまった光景を見ながら、実際はどうなのだろうと思った。今月から連載が始まる「Kenji's Media Trend」では、まず新聞の話題を取り上げたい。
冒頭の「Metro」「ES」は、ともに平日発行のフリーペーパーだが、例えば「Metro」は、どんなに薄くても40ページ以上、不動産特集が挟まった号は合わせて、なんと80ページもあり、内容はかなり充実している。最近発表された4月部数は「Metro」148万部、「ES」88万部で、「Metro」は販売部数1位の「THE Sun」162万部に迫る勢い、「ES」も第3位の「Daily Mail」の145万部に次ぐ4位(平日部数)。即売がほとんどの英国では、話題があると新聞の部数が増える傾向にあり、「Sun」「Daily Mail」両紙ともに4月部数は6月に行われる総選挙の発表後、前月比で1万部以上増えているのだが、それでも前年同月比で‐5.78%(Sun)と‐5.91%(Daily Mail)と苦戦している。
それでは、有料紙はどのように販売されているのだろうか? 「大衆紙」と言われる各紙の一面を見ていただきたい。例えば左端「DAILY EXPRESS」の題字下、大きく書かれた数字は新聞価格ではない。これは、「20ペンス(約28円)」ライバル紙より安いことを大きくアピールしている。最も売れている「THE Sun」(中央)も、題字よりレゴランドのチケットプレゼントが目立っている。さらに題字横では「40ペンス」競合紙より安いこともさりげなく表記。右の「DAILY STAR」は、記事部分より新聞購入で付随するオマケ紹介の方にスペースを割いている。他紙との数十円程度の価格差をアピールしたり、買うと付いてくるオマケで勝負したり、「大衆紙」は、出費に対してのリターンを期待される「エンタメ商品」として消費されている。
全く別のアプローチをしているのが、中道左派の「クオリティー紙」と言われる「The Guardian」だ。同紙のニュースサイトtheguardian.comは、「自分たちのジャーナリズムをできるだけオープンにする」とのポリシーの下、デジタル版にはペイウォール(注)を設けていなかったが、回復しない業績にしびれを切らし、2016年夏から 「月額5ポンド(約700円)を払ってサポーターになってください」と呼びかけている。サポーターとなっても実質的なメリットは無く、彼らのHPにも「もっとも大事なのは、この新聞の発行があなたの支援のおかげだと思えること」と記載されている。最近の編集長インタビューによると、月額最低5ポンドを払っているサポーター数は23万人に達し、その支援総額は広告売り上げに匹敵するまでになったそうだ。紙の発行部数が約15万部の同社にとって、彼らの言論を支持し、経済的にも支援するサポーターの存在は欠かせなくなってきている。
最後に、昨年の夏から議論が開始された広告分野の新聞社連携に触れたい。英国の主要な新聞メディアグループ6社は、自分たちのプリント、デジタル、モバイル、すべての広告在庫を共通プラットホームで管理することを目指す「Project Juno」(現在は「Project Rio」に名称変更)を立ち上げた。広告在庫、販売オペレーション、読者データ、果てはコンテンツ制作をも共同管理することで、広告取引の規模を大きく、シンプルにして、新たな価値を創出しようとするもの。ただ、そこは今まで激しい競争を繰り広げてきた新聞社同士。年が明け、1月には「Daily Mail」「Metro」を発行するDMGT社が、2月には「Mirror」ほか全国150紙以上を発行するトリニティ・ミラー社が、本プロジェクトから距離を置くことが発表され、2017年秋の実現に暗雲が立ち込めてきた。本プロジェクトについては続報がありしだい、改めて報告したい。
(注)ペイウォール:ウェブサイトがコンテンツを一部有料化し、対価を支払ったユーザーのみアクセスできるようにすること
(朝日新聞社 メディアビジネス局 ロンドン駐在 渡辺健司)