2017年の訪日外国人客数は過去最高の2,869万人となったそうだが、それでもロンドンで暮らしていて日本との違いを一番感じるのは、街ですれ違う人たちの多様性だ。英国の国勢調査は10年ごとに行われるので、少し古いデータになるが、2011年の調査で、ロンドンに住む「白人:英国人」は全体の44.9%しかいない。自身のバックグラウンドを英国だと思わない白人も含めた「白人」は59.8%で、以下、インド・中国などの「アジア」(18.4%)、アフリカ・カリブなどの「黒人」(13.3%)、「エスニシティのミックス」(5%)、アラブを含む「その他」(3.4%)の構成となっている。
民族が混在していると、いわゆるマス広告は展開しづらいかもしれないと想像していたが、幅広い顧客をターゲットとしている企業の広告表現は近年変化していることが以下の事例で分かった。
「Debenhams」のテレビCM
一年で最も消費が盛り上がるクリスマスキャンペーンで、民族多様性(ethnic diversity)の表現が目立つようになっている。百貨店「Debenhams」のテレビCMは、靴を巡って男女が出会うシンデレラ童話を下敷きにしたストーリー仕立て。登場するのは黒人男性と白人女性だ。スーパー「Morrisons」のテレビCMでクリスマスを祝うのは母親が黒人、父親が白人の家庭だ。前回紹介した百貨店「John Lewis」のテレビCMの少年Joeは、それとは逆に母親が白人、父親が黒人だ。『キャンペーン』誌の記事によると、このようなキャスティングは数年前までは、かなりチャレンジングだったが、それが近年変化してきたのだという。2018年5月に結婚するハリー王子の婚約者メーガン・マークルさんの母親がアフリカ系アメリカ人だということを英国メディアは取り上げていたが、これからの時代はニュースにもならないかもしれない。一方、多様性を広げすぎて「炎上」した事例もある。
「Tesco」のテレビCM
最大手スーパー「Tesco」のテレビCMは、様々な家族がクリスマスの準備をする様子が描かれるが、その中にイスラム教徒の一家が登場するシーンがある。それに対し、キリスト教徒から「不快だ」「間違った表現だ。彼らはクリスマスを祝わない」など、ツイッター上で非難が集まり、同社の広報は「このクリスマス、Tescoはみなさんを歓迎します」と反論した。多様性を受け入れる社会であればあるほど、様々な価値観が存在するので、広告表現に細心の注意が必要なことをこの事例は教えてくれる。
ボルボの新聞広告
新聞社の業界団体「Newsbrand」が選んだ、2017年優秀新聞広告の一つを紹介したい。2017年7月に開催されたLGBTQ+パレード「Pride in London」の開催前日に掲載されたのが、このボルボの広告だ。同社のロゴは「鉄」を表す古いシンボルマークが由来だそうだが、男性を表す記号に似ていることを逆手にとって表現している。多様性を支持する同社のメッセージは、掲載のタイミングとロゴが置かれた際立つ余白によって、文字が無くても雄弁に語られている。英国社会のダイバーシティを象徴する広告は、新聞広告ならではの社会性、メッセージ性の高さが発揮された事例として心に残った。
(朝日新聞社 メディアビジネス局 ロンドン駐在 渡辺健司)