「It’s coming home !」 英国で体感したワールドカップ

 サッカーワールドカップ(W杯)ロシア大会は、決勝トーナメントに進んだ日本代表と同様、前評判があまり高くなかったにも関わらず、ベスト4まで勝ち進んだサッカーの母国イングランドでも大変な盛り上がりを見せた。日本では大迫選手に向けられた「半端ないって」が流行語になったそうだが、イングランド代表の快進撃とともに、いろいろな場所で見聞きし、多くのメディアで取り上げられた二つの話題を紹介したい。

 ベテランを重用した西野ジャパンとは対照的に、前イングランドU-21(21歳以下)代表監督で、若手選手を積極的に起用したサウスゲート監督が注目されたのは、毎試合着用していた、いかにも英国紳士然としたベスト(Waistcoat)だった。この商品を製造・販売する代表チーム公式スポンサーの百貨店「Marks & Spencer (M&S)」は、「幸運のベスト(Lucky waistcoat)」キャンペーンを新聞広告や店舗のショーウィンドウ等で急きょ展開した。朝の情報番組司会者や小学校に通う子供たち、ロシアに向かうサポーターを見送る航空会社職員など、ベストを着て代表チームを応援する人たちが各メディアで紹介され、季節外れの65£(約1万円)の商品は品切れになるほどの人気を博した。このユニリーバのスポーツ面対向に掲載された制汗剤広告のコピーは「ベスト?青シャツ?心配しなくていいよ(No sweat)、監督」と、明らかにサウスゲート監督のファッションを連想させる。

百貨店「Marks & Spencer (M&S)」の広告
ユニリーバの広告
 パブをフランチャイズ展開する「Young’s」は、2日前に掲載された監督と友人とのエピソードに登場した自社ビールの新聞記事をニュースアドのように扱った。印象的なのは、そのコピーで、「イングランド監督による、もう一つの素晴らしい選択」とある。Young’s以外の「選択(Selection)」は、代表メンバー、それとも記事の写真でも着ているベスト、何を指しているのだろうか?

「Young’s」の広告

 サウスゲート監督は、現役時代、1996年のヨーロッパ選手権(EURO’96)イングランド大会準決勝のPK戦、6人目のキッカーとして失敗し、チームを敗退させてしまった選手でもある。66年のW杯(開催国イングランドが初優勝)以降、このEURO’96がサッカーの母国で開催される初めての国際大会という意味で、公式応援歌「Three Lions(3頭のライオン;イングランド代表の愛称)」では、「It’s coming home. =それ(サッカー)が母国に帰ってくる」の歌詞が何度もリフレインされる。ただ、開催地ではない98年W杯以降も、この歌のitは優勝杯に置き換えられて、ずっと歌い継がれてきた。チームを元気付けるため、誰ともなく歌い始めると、パブは一斉に大合唱となる。今大会でも勝ち進むにつれ、優勝杯が帰ってくる可能性が高くなるにつれ、企業のキャンペーンでこのフレーズを目にすることが多くなった。この搭乗券を模したブリティッシュ・エアウェイズの広告はサッカー好きにはたまらない。日付は「7/15(決勝戦)」、座席番号は「52H(年前)」、ゲートが閉まるのは「1966(年)」、ゲートはもちろん「SOUTH(南)」、そしてフライトは決勝戦が行われるモスクワ発「Home」行きだ。ある家電通販の広告は「It’s coming home. 迅速な無料配達で」と書くし、ある電鉄会社はラッシュアワー以外でしか使えない切符の制限を撤廃して「It’s coming home. あなたも今日の試合のために帰りましょう!」と告知する。そういえば、先ほど紹介したM&Sの新聞広告コピーは「Bring it home」だった。

ブリティッシュ・エアウェイズの広告

 残念ながらイングランド代表の夢は準決勝で終わってしまったが、翌日の新聞各紙の一面は「Heartbreak」「End of the dream」と、敗戦を悲しむとともに「Pride of Lions」「Thank you England」「Heroes」など、若き代表とそれを率いた監督への賛辞が並んだ。

準決勝翌日の新聞各紙の一面

 通信会社「Three」は、代表の愛称にちなみ、自社ロゴと絵文字の組み合わせと#stillproudだけを使った広告でチームを讃えた。そして、いくつかの新聞は、優勝杯は戻って来なかったけれど、我らがイングランド代表「They’re coming home=彼らが家に帰ってくる」と、穏やかに書いた。

通信会社「Three」の広告

(朝日新聞社 メディアビジネス局 ロンドン駐在 渡辺健司)