Brexitに向けた最後(?)の攻防

 2019年3月29日。この日にイギリスはEUから離脱する。いわゆるBrexit(ブレグジット)だ(ただし2020年末まで、約1年9か月の移行期間が設定されている)。

 英国とEUのこれまでの交渉は一筋縄では行かず、ようやく11月14日に英国で離脱協定案が閣議決定、25日のEU首脳会議で正式合意されたが、その過程で多くの英国閣僚が抗議の辞任をするなど、メイ首相は茨の道を進んでいる。最終合意に至るまでは、さらにイギリスとEU双方の議会承認という最大のハードルがあって予断を許さない。3月末まで時間があるように見えるが、議会承認の手続きに時間がかかるため、合意のデッドラインと当初言われていた10月から延期されて交渉は進められていた。このタイムリミットを前にEU離脱派と残留派との新聞広告を使った激しい攻防が見られた。

 二種類の広告を見比べて欲しい。一方は夕刊フリーペーパー「Evening Standard」紙に10月16日に掲載されたEU残留を支持する市民団体「People’s Vote」によるラッピング広告だ。この広告は週末に行われるデモへの参加を呼び掛けているが、その目的はBrexitが最終合意された際、改めてその内容についての国民投票を実施すること。終面はご丁寧にも切り取り線に沿って切ればプラカードに貼ればよいだけのデザインになっている。

※広告画像は拡大表示できます
残留派広告(フロント)
残留派広告(終面)

 もう一方は、無料配布のビジネス紙「City A.M.」に10月19日に掲載されたEU離脱支持団体「Leave means Leave(離脱は離脱だ)」の広告。緑と紫のロゴは「People’s Vote」のロゴだが、「People’s」の文字は赤く「Losers’(敗者)」に修正されている。コピーは「2回目の国民投票を呼び掛けるキャンペーンは、自分の思い通りにならないと民主主義を受け入れられない、エリート層の敗者たちによる詐欺だ」と辛らつだ。参考までに「The Times」紙に掲載された同団体の広告では、消される「People’s」がロゴではなく文字となっており、特定の団体への攻撃性が和らいでいるように見える。審査基準の違いによるものなのか、異なる原稿が掲載された理由は定かではない。

離脱派広告(CityAM)
離脱派広告(The Times)

 2016年の国民投票の結果は、EU離脱:残留が52%:48%と僅差で、その直後から離脱に投票したことを後悔する人が現れたことから、BrexitならぬBregret(Britain+Regret)やRegrexit(Regret+Exit)という造語が生まれた。しかし、最新の世論調査では、残留支持47%、離脱支持40%(分からない13%)と数字は逆転している。10月20日に行われた残留派デモには、カーン・ロンドン市長を始め、予想された10万人を大きく超える約70万人が参加したと言われる。

 この動員数を見て、2016年の国民投票で離脱派に有利に働くよう、漏えいしたデータが使われたとされるフェイスブック(FB)が、デモの直前に開始した取り組みに注目した。FBは10月16日より、アメリカとブラジルに続き、英国でも「広告ライブラリ」を導入した。これは「FacebookまたはInstagramに掲載された政治または国家的に重要な問題に関する広告」を誰でも検索できるシステムだ。試しに「Brexit」と入力してみると、新聞広告を掲載した「People’s Vote」も「Leave means Leave」も共にFBにも出稿していることが分かる。さらに各出稿の「広告パフォーマンス」画面を開くと、imp数と出稿金額の規模感や到達ターゲットの年齢・性別、エリアも分かる仕組みになっている。ただ、両団体とも10月20日のデモ前の出稿は無く、SNSを使ってデモの動員をかけたり/反対したりはしなかったようだ。ターゲティングが特徴のSNS上より、様々な意見を持つ読者の目に触れる新聞広告の方が、対立する団体の激しい攻防を見せる格好の舞台なのかもしれない。

FB 広告パフォーマンス画面

 さて、このレポートがアップされる時、Brexitはその出口に向けて少しでも歩みを進めているのだろうか。その行方を操作することはもちろんできないし、予想することさえ難しい。

(朝日新聞社 メディアビジネス局 ロンドン駐在 渡辺健司)