今日のロンドン。EUからの離脱予定日となる3月29日が目前に迫っているのに決着の見通しが立たず、一般市民は不安な日々を送っている、ようにはあまり見えない。そんなことより、連日のクリスマスパーティで弛(ゆる)んでしまった体をどうにかする方がもっと切実みたいだ、と書くといささか言い過ぎだろうか。ただ、新しい年を迎えて新たな目標を立てるのは世界共通のようで、今年最初の日曜日の新聞各紙一面はこんな感じだった。「DIET」の文字が並び、否が応にも自分の食生活を顧みざるを得なくなる。
イギリス人にとって、医療が基本的に無料で受けられる「NHS(National Health Service)=国民保健サービス」の財政難は重要な国内課題だ。EU脱退が決まった国民投票で離脱派が唱えた「離脱して、EUに毎週拠出している3.5億£(約500億円)をNHSに投資しよう」というスローガンが投票結果に多大な影響を与えたことからもそれは分かる(投票後、このスローガン自体が間違った情報だったと指摘されている)。BMIから算出された英国の肥満割合は既に西ヨーロッパで最も高い27.8%だが、特に子どもの肥満については、世界第一位のアメリカを凌駕(りょうが)しているらしく、大きな社会問題となっている。癌研究のための寄付を募るチャリティ団体Cancer Research UKが長期的に展開しているのはこの広告キャンペーンだ。「OB _ S_ _Y は癌の原因です」とあるが、これは子どもがやる単語当てゲームを模していて、枠内のヒントとして「喫煙に次ぐ、予防可能な癌の原因を当てて」とある。正解が「OBESITY=肥満」なのは、イギリス人にはすぐ分かる。
肥満予防には様々な対策が取られているが、なかでも良く知られているのが英国を含む国々で採用され始めた「砂糖税」だろう。自宅近くのスーパーマーケットにあった飲料は全く同じ商品に見えてもローカロリーかどうかで値段が微妙に異なっている。砂糖税は2018年4月に導入されたばかりだが、半年で既に約1.5億£(約215億円)の税収があり、年間では約340億円に達すると予測されている。このような風潮に広告業界も無縁ではない。来る2月からカーン・ロンドン市長は増加し続ける子どもの肥満率への対策として、ロンドンの地下鉄駅やバス停で『ジャンクフード』広告の掲載を禁止することを決めた。すぐに察しがつくファストフードだけでなく、新しい基準では、脂肪分・塩分・糖分の高いマヨネーズやしょうゆ、バターまでもが禁止の対象になる可能性があると言われており、2月以降の地下鉄構内がどんな景色になるのか想像できない。この施策によってロンドン交通局は1300万£(約18億円)の減収になるらしいが、背に腹は変えられない、ということか。
英国に赴任して驚いたのは、日本食がテイクアウト等でかなり一般的に食べられていることだった。その理由の一つが、豚骨ラーメンやカツカレーが人気だったりするのはさておき、日本食が健康的な食事として認識されているのは間違いなさそうだ。想像を裏切る?イギリスの美味しい食事を楽しみながら、どんな施策や広告キャンペーンが行動に繋(つな)がるかを自らの食欲に寄り添いながら見極めていきたい。
(朝日新聞社 メディアビジネス局 ロンドン駐在 渡辺健司)