グーグルは今年5月に開催された自社の開発者会議「Google I/O 2019」で、ブラウザChromeのプライバシー保護を向上させる施策を実施すると発表した。サイトがどのように Cookieを使っているかについての透明性を高め、ユーザーはCookieをもっと簡単にコントロールできるようになるという。アップルは既に2017年からブラウザSafariにITP(Intelligent Tracking Prevention)の機能を追加してCookieによるサイトトラッキングを抑止しており、今春のITP2.2へのアップデートに際しては、ファーストパーティクッキーの保有期間は一日に短縮された。また、EUでは2018年5月からGDPR(General Data Protection Regulation・一般データ保護規則)(昨年5月のMedia Report参照)が施行されており、ユーザーに関する情報収集が年を追うごとに難しくなっているのは間違いない。
ある調査結果によると、消費者の39%は個人情報が取得されるのを好ましく思っていない。一方で、36%はパーソナライズされた商品提案を、そのブランドが自分たちのことを気にかけてくれているように思える、として歓迎している。では、Cookieなどを使ったユーザーの情報取得が困難になるなか、メディアはどのような対策を取っているのだろうか。業界ニュースサイトに掲載されていた幾つかの事例を紹介したい。
Immediate Media社のコンテンツブランド(イメージ)
番組ガイド「Radio Times」、車雑誌「Top Gear」、レシピ紹介「BBC good food」から、サイクリング、ガーデニング、ウェディング、子育て、歴史、音楽など、専門的で多種多様なコンテンツブランドを75以上も抱えるという英国のImmediate Mediaの取り組みは分かりやすい。ひとつはクライアントとの直接的な関係を強めることで、純広告のようにCPM・インプレッション数・期間を事前に決めるprogrammatic guaranteed取引の需要がこの6か月で伸びているという。もうひとつがファーストパーティデータの価値をさらに高める戦略で、サイトの購読者を増やしたり、より多くの読者をログインさせたり、メールアドレスを収集するだけでなく、他メディアや広告主のセカンドパーティデータと自らが保有するデータを結合させて活用することなども含まれる。余談だが、アプリ経由の読者が少ない同社にとってショッキングだったのは、アップルのITP更新にあわせてDSPが広く採った解決策が「すべてをアプリに移行させる」ことだったという。
Immediate Media社のコンテンツブランド(一部)
Immediate Mediaほど巨大ではないヨーロッパのメディアは、グーグルとフェイスブックのデュオポリーに対抗して異なる策を講じている。複数のメディアがまとまって「ログイン・アライアンス」を組み、共同でファーストパーティデータを収集するというものだ。これによってユーザーはシングルアカウントで複数のサイトにアクセスすることができる。ドイツ、スイス、フィンランド、フランス、ポルトガルといった国々でログイン・ユニオンは形成されており、もっと進んでいると言われるドイツのアライアンスのひとつ「NET ID」は、ホームページによると、60弱のパートナーで構成され、既に3,800万人のユーザーがいるという。
個人情報をベースにしたオーディエンス・ターゲティングが困難になる中で改めて注目されているのがContextual(コンテキスト上の、前後の文脈上の)ターゲティングだ。米国The Wall Street Journalや英国The Times、The Sunを発行するNewsコーポレーションは「News IQ」というプラットホームを立ち上げ、これを使えば読者の好み、意見、感情に応じた広告出稿が可能になるとしている。同社が大学と実施した調査によると、感情を搔き立てられる記事(ポジティブ、ネガティブな内容に関わらず)の後に読者に配信された動画広告は、感情に影響を及ぼさない記事の後の広告より、45%以上も全動画が視聴される可能性が高くなったという。映像の世界はさらに進化している。イギリスのテレビ局Channel4は「Contextual Moments(コンテキスト上の瞬間)」(※)のサービスを開始した。これはAIが自動的に映像を解析して、シーンに登場した物や事柄に関連する広告をすぐに表示させるというものだ。例えば、ドラマ内でお茶を飲むシーンがあり、その後に見せられたお茶の広告が後に想起される確率は、関連性のないCMの2倍にまで高まるという。
Contextual Momentsによる映像解析((※)解説資料PDFより)
EUのGDPRに引き続き、アメリカでも2020年1月1日に「CCPA (California Consumer Privacy Act・カリフォルニア州消費者プライバシー法)」が適用開始となる。このような法律の施行やブラウザによるCookie使用の制限は広告出稿のソリューションに大きな影響を及ぼす。的確なメッセージを適切なユーザーに届けるという目的は不変であっても、プライバシー保護の機運の高まりに寄り添いながら、メディアは最適な解を常にアップデートしてゆくことになるのだろう。
(朝日新聞社 メディアビジネス局 ロンドン駐在 渡辺健司)