「リアリティ・ラボ イッセイミヤケ」に見る新しいもの作りの形

 

 ますます悪化する日・中・韓関係、円安による貿易収支の赤字拡大、迫る消費税増税など、今年の年明けはなにやら気が重い。去年立て続きに起きた特定秘密保護法の制定や集団的安全保障についての論議や沖縄の辺野古基地建設強行に向けた政府の動きは、今年はますます加速しそうだ。家計の安定や、平和、民主主義は今後いったいどうなってしまうのかという不安も募る。今年になってからの良いニュースといえば、ローザンヌの国際バレエコンクールで日本人が大賞を含めて3人も入賞したことぐらいだろう。

 問題なのは、安倍内閣や日銀、経済界の今の主流がやろうとしていることが経済成長やグローバル化といった以前の枠組みや考え方から少しも踏み出していないことだ。いま必要なのは、そんな枠から外れた、小さくてもローカルでもいいから新鮮でかつ地道な発想とそれを実際に生かした実験的な試みなのではないかと思う。

 そんなわけで今回は、去年11月に東京・南青山にオープンした「リアリティ・ラボ イッセイミヤケ(REALITY LAB. ISSEY MIYAKE)」の小さな新旗艦店を紹介してみたい。この店は、三宅一生が中心となって2007年に新たに作ったデザインチーム「リアリティ・ラボ」が開発したいくつかのブランドをまとめたもので、一つひとつはまだ小規模だが、もの作りの新鮮な発想がうかがえる。

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「リアリティ・ラボ」の店内 「リアリティ・ラボ」の店内

 店は3層構造になっていて、面積は計約400平方メートル(122坪)。内装はデザイナーの吉岡徳仁が手掛け、打ち放しのコンクリートの壁や床、ガラスの仕切りなどが機能的な自然科学の実験室のような雰囲気を与える。それでいてそのシンプルな構成には、際立った秩序の美しさがある。

 まず地下1階は、初めて発表する新ブランド「オム プリッセ」の売り場だ。このブランドは、去年7月に開催された青森大学新体操部の公演で、チームのコスチュームとしてプレ登場した。これは女性用だったプリーツ・プリーズの男性版としてデビューしたもので、軽く動きやすくて乾きやすいという特徴をそのまま生かしながら、力強い男性の体の動きにも合うようにデザインされている。公演ではこの服が、男子新体操の男性的でダイナミックな動きの躍動的な美しさを引き立たせた。
  (参考記事:男女差の偏見を覆した男子新体操と三宅一生の出あい)

 グランドフロアと2階では、造形的な服を平面に折り畳んでしまうコンピューターサイエンスの新技術と新たな再生素材を使ったブランド「132.5 イッセイミヤケ」のメンズラインの拡張シリーズを発表。こちらでは東北地方の伝統の和紙を使ったジャケットなどの新たな試みもある。また照明器具の「陰翳(いんえい)」や、三角形を組み合わせて形も変えられるバッグなどのアクセサリーブランド「BAO BAO」も新たに展開している。こより糸のストラップが付いた和紙のバッグなどもある。

オム プリッセ イッセイミヤケ オム プリッセ イッセイミヤケ
和紙を使った服 和紙を使った服

 

「陰翳」の照明器具 「陰翳」の照明器具

 この店で売られているのはいずれも、日本の伝統技術と先端のハイテクを組み合わせ、それにデザインとしての斬新なアイデアで美しく見せる製品ばかりだ。リアリティ・ラボのデザインのキーワードは「再生と再創造」で、このデザイン理念の中には、地域の伝統という過去と未来という形の無いものを結び付けて何かを生み出すデザインも含まれている。

 そして後で気付いたことなのだが、「オム プリッセ」の女性服から男性服への転用は、画期的ともいえることなのだ。近代ファッションの歴史は、常にスーツを中心とした男性服が技術的にも理念的にも先に進んでいて、女性服はそれを後から少しずつ取り入れてきた。だから男性服の形が女性服に転用された例はいくらでもあるが、その逆は極めてまれだといえるだろう。

 こうした一連のブランドは、三宅一生がパリでも名をはせたファッションブランド「イッセイミヤケ」のデザインを退いた後、プリーツ・プリーズやA‐POCなどのような日本各地の素材や伝統的な手わざと最新のハイテクを使った新たなもの作りを追求してきた中で生み出されたものだ。これからの日本のもの作りは、すぐにコモディティー化して円安で勝負しなければならないような製品ではなくて、日本の伝統と技術の蓄積を生かした日本でなくてはできないようなものを目指していくべきではないだろうか。
  リアリティ・ラボの試みは、そうした試みの先端的な例なのだと思う。

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。