アートとファッションの新たな接近の意味

 今月15日、東京・神宮前のルイ・ヴィトン表参道店の7階に美術スペース「エスパス ルイ・ヴィトン東京」がオープンした。これまでは新作の展示会などに使われていたフロアで、面積は193平方メートル、天井までの高さが8.45メートル。3面が総ガラス張りになので、空を漂っている温室のような浮遊感を感じさせるちょっと不思議な空間だ。このスペースで、現代アートを中心に内外のアーティストたちの個展やグループ展、美術イベントなどを開いていくという。

出品作家のグザヴィエ・ヴェイヤンさん<br/> (C)Keibun Miyamoto 出品作家のグザヴィエ・ヴェイヤンさん
(C)Keibun Miyamoto

 オープンを飾る展示(5月8日まで、入場無料)は、フランス人のアーティスト、グザヴィエ・ヴェイヤンの「Free Fall(自由落下)」と題したインスタレーション。高さ約7メートルの木枠の台に取り付けられた9個のゴムボールが風の力で回転して浮き上がる装置は、重力と自然の力の不思議なバランスで成立している惑星や天体の動きを示しているようにも見える。また、四角形の面で構成した台座と三角形で構成した人物像を組み合わせた高さ4メートルの深緑色の立像は、それ自体ではモダンで抽象的なのに、窓の外に見える東京の都市空間と重なると、まるで林の中の木陰に置かれた大きな椅子のような安らぎ感を与える。

 スカイダイビングをしている人間を映したように見える黒とグレーのペーパーワークの作品は、無重力の夢を思わせるふわふわとした浮遊感を覚えさせた。ヴェイヤンは「このスペースと東京という街の空気から受けたイメージからインスピレーションを得て制作した。空中に浮かんでいるような中ぶらりんな感覚は、すべてが管理された現代社会のありようをとらえ直して再構成していくためには貴重なものだ」と語った。

「エスパス ルイ・ヴィトン東京」と展示作 「エスパス ルイ・ヴィトン東京」と展示作
(C)Sebastian Mayer
「エスパス ルイ・ヴィトン東京」と展示作

 このコラムで以前取り上げたことだが、去年5月に神戸ファッション美術館で開かれた美術展に出品された、このブランドのモノグラムなどを使った≪バッタもん≫にルイ・ヴィトンが抗議、作品が撤去された事件があった。その経緯がアート表現の自由への侵害だとして非難する向きもあったが、ルイ・ヴィトンとアートの関係はもともと浅からぬものがあって、今回の東京での美術スペース開設もその流れの一環だろう。

 オープンを機に来日していたフランス本社のイヴ・カルセル会長は「モードとアートは異なる世界だが、情熱と創造性を重んじることでは通底している。我々は二つの世界の壁を打ち破るために努力を重ねてきた。パリに続く今回の東京の美術スペース開設もそのための重要なステップのひとつだ」と目的を説明した。

 ファッションブランド、またはデザイナーとアートのかかわり方は、大きく分けて二通りある。一つは、両者はあくまで別物だと考えて、ブランドやデザイナーがディレッタント(芸術愛好者)として芸術家を支援したり作品を収集したりする関係。もう一つはかつてスキャパレリやイヴ・サンローランがやったように、ファッションの表現の中にアート作品の表現を借りたり、アート作家と積極的にコラボレーションしたりするやり方だ。

 最近はファッションとアートとの関係が深まってきたといわれるが、その多くはどちらかのやり方に重点を置いている。そういう意味では、ルイ・ヴィトンはその両方のやり方でアートとのかかわりをもつ数少ないブランドといってよい。

 ファッションは、市民革命や産業革命を経て成立した男性主導の近・現代産業社会の中で、女性的でプライベートな「趣味」や流行の領域のものと考えられてきた。その過程で生まれた文化的なモダニズムの流れの中でも、正統なハイカルチャーだとはみなされず、機能性や合理性を重んじた近代デザインの領域でも軽視され周辺化されてきた。男性主導の社会や文化を作り上げて守っていくためには、ジェンダーとしての「女性」の存在と意味付けを作ることが必要で、ファッションはその有力な表現として暗黙のうちに強く位置づけられたからだろう。

 このところ目立つファッションとアートのかかわりは、そうした現代産業社会やいまなお根強い男性中心の権威主義的なモダニズム文化の偏見への、ファッションの側からの新しい問い直しにつながるのかもしれない。というよりも、そうした偏見を生み出していた側の本格的な衰退の予兆を示しているという方が適切に違いない。

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。