ビジネスホテル「東横INN」を運営する東横インは、リブランディングに取り組んでいる。東横INNのブランドロゴを刷新し、ブランドコンセプトやカスタマープロミスをもとに、新たなサービスや設備を順次導入していくという。その宣言として、2022年7月4日付朝日新聞朝刊に全15段広告を掲載した。東横イン執行役の中澤千代子氏に、リブランディングに着手した背景や広告媒体として新聞を選んだ理由、反響などについて聞いた。
調査で判明、ビジネスホテルは旅行者にも人気
東横INNは、国内外に335店舗あるビジネスホテルチェーンだ。国内では1都1道2府42県で展開し、東海道新幹線全駅に出店(2022年9月1日現在)。客室数は日本一で、コロナ前まではビジネスユースのリピーターをはじめ、インバウンドの利用も非常に多かった。
ビジネスユース以外の新規客の開拓に関して課題はあったが、稼働率は好調に推移していたという。だが、新型コロナの感染拡大によりビジネスユースが激減し、インバウンドの需要は消失。稼働率も低迷した。
こうした状況から抜け出すためにも、持続可能なブランドに変わっていく必要があると考え、リブランディングに取り組んだ。その決断について、中澤氏は次のように振り返る。
「ビジネスホテル業界は成熟期を迎えており、大浴場や温泉があったり、ロードサイドの需要を獲得していたり、明確な特色を持つ競合も増えています。東横INNの特長は、好立地で、機能的な客室とシンプルなサービスをリーズナブルな料金で提供していることです。ビジネスホテルとしてのスタンダードな価値は、調査でも高い評価を得ていますが、その特徴の優位性が薄れつつあったのも事実。ビジネスユース以外の新規客へのアプローチや、お客様のニーズの分析が欠けていたという反省もあり、持続可能なブランドを目指すためにも、リブランディングに着手しました」
まず実施したのが、ビジネスホテルを含む、各種宿泊施設利用者への調査だ。過去3年間における宿泊施設の利用目的や回数、ホテルや旅館の選定、そのとき重視することなど、5万人規模の調査を定性・定量ともに実施した。一番の発見は、ビジネスホテルはビジネスユースに限らず、レジャーでの利用率が高いことだったという。
「特に20代から30代の男女は、旅行でビジネスホテルを利用する人が多いことが分かりました。まさに、私たちがアプローチできていなかった層です。そこで、幅広い層に向けたコンセプトづくりから始めました。大切にしたのは、単に刷新するのではなく、リピーターであるビジネスユースのロイヤルカスタマーにも受け入れられること。それを踏まえ、自分たちの価値を新しい言葉で再定義することにしました」(中澤氏)
東横INNは宿泊者の基地、出発を応援するホテルに
そして誕生したブランドコンセプトが「全国ネットワークの基地ホテル」だ。「基地ホテル」という言葉は、中澤氏が自ら発案したという。「東横INNは、空港や新幹線の停車駅の近くにあり、利便性が非常に高い。そんなロケーションは、出張でも旅行でも魅力の一つです。全国どこにでもあり、全店直営なので設備も標準化されています。そんな価値を“全国ネットワークの基地ホテル”と再定義しました。いつ訪れても変わらない安心感のあるホテルで、明日の出発に備えてリチャージする。ベースや中継地点となる“基地”のようなホテルを目指していきます」
ブランドコンセプトに含まれているのが、宿泊者にとってのピークは「ホテルの外」にあるという新たな視点。宿泊の目的は、旅先でのレジャーや出張先でのビジネスであるという考えだ。そこで、ホテルの宿泊者に向けたカスタマープロミスは、「出発するホテル」「最高の行ってらっしゃいを提供します」と再定義した。
「ホテルの滞在が快適であるという価値は、当然のことです。私たちはその上を目指し、『基地ホテル』として出発を応援し、最高の行ってらっしゃいを提供していきたい。そんな思いをもとに、カスタマープロミスのタグラインを考えました」
今回のリブランディングでは、ビジュアルアイデンティティー(VI)も刷新した。矢印をモチーフにしたデザインで「出発」のイメージを表現。「もう一つの我が家のように安心して宿泊してほしい」という思いを込めて、矢印を斜め上にして家の屋根のようにも見えるデザインにした。
ブランドカラーは深みがあり鮮やかさもあるブルーで、今回新たに「toyoko blue」と名付けた。東横INNといえばブルーというイメージが定着したのは、屋上看板のネオンがブルーだからだ。「調査では、ブルー対する印象が非常に強いことが分かりました。そこで、ブルーはそのまま変えず、若干ニュアンスを調整しました。新しいブランドカラーを中心に、今回新たにカラーパレットも規定しました」
東横INNは海外店舗もあるため、漢字入りのロゴマークは社内で賛否両論あったという。欧文のシンプルなロゴマークなども候補として挙がっていたが、調査をすると漢字入りのロゴマークの評価が最も高かった。「『東横INNらしさが伝わってくる』『革新性を感じる』『独自性があり印象に残る』『出発を感じる』といった声があり、思い切って漢字入りのロゴマークを採用しました」
新聞広告が顧客やステークホルダーとのコミュニケーションのきっかけに
東横INNはリブランディングを行い、進化していく――。その宣言をするメディアとして新聞を選んだ理由について、中澤氏は次のように話す。
「東横INNの土地や建物は地権者が所有しており、東横インが長期契約で借りて運営しています。そんなビジネスパートナーの建物のオーナーをはじめ、銀行やさまざまなサプライヤー、従業員やその家族など、BtoBを中心としたステークホルダーに、リブランディングをして自分たちが変わっていくことを伝える必要がありました。できるだけ多くの方々に一気に伝えるために、全国紙で購読者数も多く、信頼性の高いメディアとして朝日新聞を選びました」
ニュースリリースは7月1日(金)に発信したが、新聞広告はニュースリリースを配信した3日後の7月4日(月)に掲載した。その理由も「週末よりも月曜日のほうが、情報を届けたいステークホルダーに読んでもらえると考えたから」と中澤氏。新聞広告のほかにも、ビジネスパーソンに向けて情報を発信。新幹線の主要停車駅や空港の屋外広告やタクシー広告なども展開しているという。
クリエイティブにもこだわった。toyoko blueの色とメインビジュアルの新しいロゴマーク、そしてステートメントが際立つように、余白をたっぷりとったデザインにした。「真面目で誠実、そしてチャーミングな一面もある。そんなブランドキャラクターにしていきたいという思いもあり、キャリーバッグを引く小さなビジネスパーソンのビジュアルを入れました。苦労したのは、toyoko blueの色をできるだけ再現すること。何回か校正刷りを出していただき、イメージどおりに仕上がりました」と中澤氏。
掲載後の反響は、想定以上だったという。ステークホルダーだけでなく、宿泊客からも「新聞広告を見た」というリアクションのほか、「シンプルで好みのデザインだった」「おしゃれ」といった声も多く寄せられた。「新聞広告が、ステークホルダーや宿泊客とのコミュニケーションのきっかけにもなり、ロゴマークの説明をする機会にもなりました」
掲載後に行われた「J-MONITOR」(新聞広告共通調査)によると、「あらためて『広告主もしくは商品ブランド名』に注目した」という項目が同業種と比較して平均値より20ポイント近く上回っており、リブランドの訴求が効果を発揮したと考えられる。
今回のリブランディングでは、ブランドムービーも制作した。ブランドムービーは、BtoC向けにYouTubeやSNSなどで配信。「コンバージョンにつながるように、好意度の向上を目指しています」(中澤氏)
リブランディングに先駆け今年4月に、行動指針も再構築した。「東横インWAY」と称し、カスタマープロミスを提供していくために、出発を意味する「START」の頭文字に合わせて「Smile」「Teamwork」「Action」「Relationship」「Towards the Future」の5つの指針を策定した。「リブランディングの目的は、あくまでもブランドコンセプトなどを体現していくことです。そのためにも、インナーのモチベーションを高めていくための評価制度も見直します」
新サービスや設備の導入は、段階的に始まっている。上質な宿泊体験の提供を目指し、エアウィーヴマットレスや、リファシャワーヘッドなど5つのプレミアムアイテムを設置した「プレミアムプラスルーム」は134店舗ある。「『プレミアムプラスルーム』は、既に1万件以上の予約が入っています。特に多いのが、40代から50代の男性からの予約です。リブランディングは、アナウンスしてからが本当の始まりです。これからも新しいサービスも開発しながら、お客様に選んでいただけるホテルを目指していきます」と中澤氏はと締めくくった。