「#物語のままで終わらせない」
漫画『作りたい女と食べたい女』が新聞広告で伝えた同性婚実現へのメッセージ

 NHKでドラマ化された話題の漫画『作りたい女と食べたい女』の15段広告が、第3巻の発売日である11月15日(火)に朝日新聞朝刊に掲載されました。主人公の2人がホットケーキを囲むほのぼのしたイラストに、「#物語のままで終わらせない」のキャッチコピーを掲げ、同性婚をめぐる現状をストレートに伝えた紙面。企画を担当したKADOKAWA編集部のI氏とY氏は、新聞15段広告の影響力の大きさに期待する半面、メッセージがどう受け止められるか不安もあったといいます。お二人にお話を伺いました。

20221115_tsukutabecp_ad 2022年11月15日付 朝刊 全15段736KB

#物語のままで終わらせない

 『作りたい女と食べたい女』は、料理をたくさん作りたい野本さんと、たくさん食べたい春日さん、この2人の交流や、その間で育まれる恋愛を描きながら、日常生活で女性を取り巻く生きづらさや違和感を丁寧にすくい取った、ゆざきさかおみ氏によるTwitter発の漫画作品だ。2020年に連載を開始するや「こんな物語が読みたかった」と共感を呼び、シリーズ累計35万部、公式Twitterのフォロワーは約8.5万人を突破する人気作となっている。「つくたべ」と呼ばれ、2022年11月にNHKでドラマ化されるなど、読者の輪がますます広がっている本作の魅力について、編集部のI氏とY氏は次のように語る。

tsukutabe_ep16_cover ※クリックすると画像が展開されます

 「作者のゆざきさんは、最初からこの作品を“ガールズラブ”として描いています。女性が社会で抱える悩みや、2人の恋愛感情、アイデンティティーを、現実の問題を踏まえた上で丁寧に描こうとしている作品だと思います。現実で傷ついた人への配慮や思いやり、そうした社会でも楽しく生きていきたいよねという根幹の意思を感じられるところが、多くの読者に支持される理由だと考えています」(I氏)
 「“女性が料理を作ること”に関して、メッセージを提起する作品はこれまでもありましたが、“女性がたくさん食べること”を肯定的に描いた作品は多くなかったのではないかと思います。この作品にも出てくる描写ですが、女性の場合、飲食店で勝手にごはんの量を減らされることもありますし、女性がたくさん食べることを良しとしない考え方もいまだ見られます。でも春日さんは、気持ちがいいほどにたくさん食べる。1人の人間として好きなことは好きなのだと、そんな春日さんの姿はつくたべの魅力だと感じています」(Y氏)

 つくたべの人気が広がる一方で、物語としてガールズラブを扱いながら、現実の同性カップルが抱える問題には関与できていないとの課題も感じていたという。
 「物語の中で同性カップルが幸せになっても、現実ではまだ、当事者の社会的な権利が保障されていない状況があります。つくたべはTwitterなどSNSを中心に人気が広がった作品ですが、現実の社会を変えたいと思った時には、もっと多くの人にメッセージを届ける必要があります」(I氏)

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描き下ろしのオリジナルチャリティグッズ。ステッカー、マグカップ、トートバッグ

 「“女性2人の恋愛を描いた作品が支持を受けました”で終わりとせず、その先の現実の当事者にコミットできるチャリティを実現したい」というゆざき氏の想いをもとに、2022年11月、第3巻の発売に合わせ、「結婚の自由をすべての人に『作りたい女と食べたい女』チャリティプロジェクト」をスタートさせた。
 野本さんと春日さんが描かれたマグカップなどオリジナルのチャリティグッズを販売し、制作費、経費を除いた売上のすべてを、日本での同性婚の実現に向けて活動する「公益社団法人Marriage For All Japan―結婚の自由をすべての人に」に寄付する内容になっている。

同性婚の現状を幅広い人に伝えるため、新聞広告を活用

 「#物語のままで終わらせない」というメッセージを広く届けるべく出稿されたのが、11月15日(火)の朝日新聞朝刊15段広告だ。
 「人々が多様な選択をできる社会を現実のものとするために、チャリティの寄付にとどまらず、これまで関心を持っていなかった方にも同性婚をめぐる現状を知ってもらい、社会に働きかける契機になればと考えました」(I氏)
 野本さんと春日さんがホットケーキを囲む温かなイラストは今回の広告のための描き下ろしで、チャリティ企画のメインビジュアルにもなっている。

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第1話

 キャッチコピーは、チャリティ企画と同じ「#物語のままで終わらせない」を採用。続くボディコピーでは、「同性同士であるふたりは『結婚』を選べないのです」「今の日本では同性婚が法で認められていません」と現状を伝えながら、「ふたりの幸せは、物語のなかだけで完結してもいいのでしょうか」と問いかけた。
 Y氏は込めた想いを次のように語る。
 「この広告は幅広い人に見ていただけると思ったので、同性婚をめぐる現状に詳しくない方でもまず『結婚できない』ことを知ってもらえるように、事実を明文化することを意識しました。それと同時に感情に訴えかける言葉も入れましたが、当事者の方にとって傷つく表現にならないかは細心の注意を払いました。ゆざきさんはもちろん、社外のジェンダーセクシュアリティーの監修者や、編集長、様々な人の目を通して、検討を重ねました」(Y氏)
 メッセージがどう受け止められるかという不安もあったが、チャリティ企画と新聞広告の実施にあたり、社内に向けても企画の意義を丁寧に説明し、起こりうる様々な反響に備えた。
 「この2人が幸せになるには社会にまだ足りないものがあるんだ、それならばどうしたらいいだろう?と、キャラクターを通して多くの方に身近な問題として考えていただけたらうれしいですね」(I氏)
 全国に発行される新聞広告と、SNSの相性の良さにも期待した。

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作者のゆざき氏が描いた編集者のI氏、Y氏のイラスト

 「他のアニメや漫画の新聞広告が掲載された時、わざわざその新聞を買いに行く人がいる状況をSNSで見ており、年代が上の方だけでなく、普段新聞を読まない若い方にも訴求力がある媒体だと感じていました。新聞はサイズが大きく、コピーをじっくり読んでいただけますし、紙として手元に残るのも強みだと考えています。例えば家族に『こんな広告が載っていたよ』と見せるなど、この広告をきっかけに、誰かと誰かの間で同性婚の話題が出るだけでも大きな意味があると思っています」(Y氏)

SNSでも賛同の輪が広がる

 掲載当日は、「作りたい女と食べたい女」の公式Twitterアカウントから新聞広告掲載とチャリティ始動について発信。作品のファンや多くの人にとって大きなニュースだったようで、報告ツイートは5,000件近いリツイート、約9,400いいねと拡散した。紙面で丁寧に言葉を紡いだことで、メッセージは多くの人に好意的に受け入れられたようだ。Twitterでは「素敵なキャッチコピー」という声や、新聞広告を撮影したり、額装したりする人も見られた。「#物語のままで終わらせない」のハッシュタグとともに、チャリティに賛同する声も多く上がった。12月16日まで予約受付中のチャリティグッズの売上も好調だという。

 「J-MONITOR」(新聞広告共通調査)でも、「イメージに富んで分かりやすい」とクリエイティブへの評価と同時に、「チャリティプロジェクトの活動や同性婚法制化へのメッセージに共感し、好感を持った」という声が寄せられた。プロジェクトへの共感から漫画購入を検討した人もいたようだ。

 「新聞広告の掲載に対して好意的な感想や、『物語を消費するだけにしたくない』『このキャラクターたちが幸せになれる社会にしたい』という思いを多く寄せてもらい、企画して良かったとほっとしました。大事なのはチャリティプロジェクトの実施そのものではなく、その先の未来に、どのような性のあり方を自認していても、誰もが自由な生き方を選択できるようになることだと考えています。その実現のためにできることを、これからも物語に関わる一員として考えていきたいです」(I氏)
 「私たちが漫画作品を作る時は、こういう人、こういう世代に読んでもらいたいとターゲットを絞ることが多いのですが、新聞は幅広い人に向けて伝えることができる媒体。雑誌やウェブとはまた違う“届ける力”を感じましたし、今後もその力に期待したいと思います」(Y氏)