企業、クリエーター、そしてメディアが一体となり、声なき声を拾い上げ、光を当て、社会に届ける

辻氏・牧野氏左から牧野氏・辻氏

 2021年3月8日付の朝日新聞朝刊に、「国際女性デー」に関連する記事と広告が数多く掲載された。ジェンダーの平等について考える朝日新聞の企画「Think Gender」の特集ページの前後には、朝日新聞社とフィットネススタジオを営むライフクリエイトが意見広告を掲載した。一連の広告制作を手掛けた、DEの牧野圭太氏とarca・辻愛沙子氏に、企画の意図や広告に込めたメッセージなどを聞いた。

実態のないメッセージにしないために、企業固有の活動と社会課題をひもづける

──国際女性デーの広告の企画は、どのように始まったのでしょうか。

牧野:以前から辻さんも僕も、国際⼥性デーを祝福して盛り上げたいと考えていました。辻さんは、⽇頃から広告を通して社会課題にアプローチをしているし、特にジェンダーの課題には継続して取り組んでいきたいという思いがありました。まだまだ足りていない、⼥性の⾃由や平等の後押しとなるようなプロジェクトとして、朝⽇新聞を国際⼥性デーに関する情報で⼀⾊にする企画を提案しました。

:国際⼥性デーは以前から注⽬していて、各新聞にどんな記事や広告が掲載されるか、毎年、半分ワクワクしながら、半分ドキドキしながら⾒ていました。その中でも、朝⽇新聞には、ずいぶんと前から「ジェンダーの平等」について考えるプロジェクトがあります。「Dear Girls」から始まり、現在は「Think Gender」へと進化し、そこに掲載される記事は、ひとりの⼥性として共感しながら読んでいました。
 企業の姿勢も変わりつつあり、意⾒広告も少しずつ増えているような気がします。ただ、そうした広告が実態の伴わない「ピンクウォッシュ」や「SDGsウォッシュ」(WASHING=実態がないにも関わらず社会課題をプロモーションに活用すること)にならないように、私たちのフィールドから何かできないか、牧野さんともいつも話し合っていました。

国際女性デー 15面 15段カラー1.2MB
LIFE CREATE 18面 15段カラー1.2MB

──今回の広告はお二人で一緒に企画されたのですね。

牧野:はい。朝⽇新聞とGoogleとライフクリエイトの広告を⼿掛けました。どれも全15段広告です。辻さんが⼤きなアイデアや⽅向性をつくりつつ、僕がコピーを書き、デザインはDEのアートディレクター、柴⽥賢蔵が担当しています。

:最初は、広告を掲載する企業が⼀体となってメッセージを発信する「連動企画」にしようと考えていました。ただ、連動企画にしてスローガンを⼀つにすると、企業によっては、「なぜ⾃分たちがやるのか」という⾃社のパーパスとずれてしまう可能性がある。そうすると、正しいことは⾔っているけど、ジェンダーにまつわる社会課題を商業利⽤する「ピンクウォッシュ」になってしまいます。
 最近、社会全体でジェンダーに関する捉え方が一気に変わってきています。まさに変化の過程で、女性とひと言でいってもいろんな考え方の方がいる。ジェンダーに関する考え方を自らアップデートさせている人もいれば、そうではない人もいる。はたまた、以前からジェンダーの課題について提言し続けている人もいるはずです。つまり、ひとつのスローガンでくくれるほど、簡単ではないとも言えます。

牧野氏牧野氏

牧野:サステナブルな社会を実現するためにも、これから企業は、ジェンダーや人権、環境など、社会課題に取り組むことが必須になると思っています。SNSをはじめ、個人が発信できるコミュニケーションのインフラもある。そうした状況で「社会課題に取り組むこと=ファンとつながっていく」という構造になると考えています。広告で伝えるべきことも、機能やスペックではなく、社会課題との向き合い⽅になっていくだろうと期待しています。
 企業が社会課題と向き合うときに、特に気を付けなくてはいけないのは「ウォッシング」と呼ばれるものです。たとえば、「我々は環境に配慮しています」と宣⾔しておきながら、実態が伴わなければ意味がありません。そうならないためには、企業固有の活動と社会課題や社会⽂脈をひもづけること。そんな「接地」が⼤事だと思っています。

:社会課題の起点には、傷つけられた人や踏みつけられた人、それをなかったことにされた人などの「痛み」があります。そこを軸にして広告の企画を考えることになるので、かなり慎重に取り組まなければいけない。壁と卵でいえば、企業は壁。代弁しているつもりなのに、個人のアクションや今までのアクティビズムを企業が「自分のもの」にしてしまう可能性がある。個人の声なき声を奪いとらないように、むしろ個人の声を後押しできる発信とは、どういう表現なのか。企業もクリエーターも向き合うべき大事なことです。

──とても難しそうです。どのように考えていくべきなのでしょうか。

:私は三つのレイヤーを軸に考えるようにしています。それは、過去と未来と今。まず、過去からの実績を考える。朝⽇新聞なら報道、ライフクリエイトなら社員の99%が⼥性という経営体制。 言い変えるなら、企業やブランドのアイデンティティーともいえる部分。それと未来に向けたミッションを掛け合わせる。今回なら「ジェンダーの平等」で、不均衡のない社会をどうやって作っていくのか。過去の累積を基に、独自のメッセージを考える。そして、今のモーメントと照らし合わせて検証する。1年前と今年では、国際女性デーの盛り上がり方が違いますし、ジェンダーに関する課題意識も日々進化していると思います。今のムードで何をどう発信すべきか。それをとらえることは、とても重要です。ただ、広告は数カ月前から考えて作るので、とても難しいんですよね。

牧野:朝日新聞の広告は、かつて朝日新聞に掲載された女性に関するニュースの見出しを集めて掲載したものですが、コピーはギリギリまで悩みました。まさに、今このタイミングでどう伝えるべきかを慎重に考えていたからです。ライフクリエイトの広告は、「人生を、愛そう。」というビジョンを基に検討しました。ライフクリエイトという社名には、自由に選択して、人生を自分で創り出すという思いが込められています。人生の中で選択肢がない課題の一つが女性の名前の問題です。社員の99%が女性というライフクリエイトの特徴も踏まえ、選択的夫婦別姓に賛成するという宣言をすることにしました。

──社会課題をテーマに企業が意見やメッセージを発信すると、場合によっては炎上する可能性もあります。企業が気を付けるべきことは何でしょうか。

牧野:まず、社会課題の解決に向けたモチベーションがあるかないか。担当の⽅にモチベーションがなければ、そもそも取り組むべきではないと思います。社会課題に向けてメッセージを出すという「⾏動」自体も、とても⼤事なことです。ただ、モチベーションはあったとしても、⾃分たちがまだできていないことが露呈して炎上することを恐れ、意⾒を発信しない企業は少なくない。

辻氏辻氏

:これまで企業は商品を購入してくれる人たちとの関係性で成り立っていましたが、今はそれだけではないですからね。商品を購入しない、あらゆる人たち全員がステークホルダーになり、誰でもSNSで意見を発信することもできる。とても難しい局面だということは理解できます。

牧野:たとえば、社内の⼥性⽐率が50%以下だから、ジェンダー平等に関する意⾒を発信できないと考えている⽅もいるはずです。だけど、僕はそんなことはないと思っています。企業の今の状態や考えを真摯(しんし)に伝える広告を出せば、世間からさまざまな意⾒が集まるはず。「今は足りていない」けれど、必ずやっていくんだという意志のようなものです。その反応を得ることで、社内の意識やムードを変えたり、⾃分たちも前進したりするきっかけになると思います。それだけでも⼗分素晴らしいことだと個人的には思います。

:世論を一気に変えることは難しい。だけど、社会の変化の過程を共有しながら、社会のムードを作ることはできるはず。そのためにも、企業もクリエーターも内省をしながら、アップデートし続けることは必要だと思います。
 牧野さんや私がTwitterで日々発信しているのも、思ったことをつぶやいているだけではありますが、日頃からジェンダーのことや社会課題に関する話をしているので、そこから生まれるムードもあるのではないかと思っています。クリエーターが表に出ることを揶揄(やゆ)する人もいるかもしれませんが、企業がアクションしやすい土壌づくりに少しでも貢献できればと思っています。

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