ソーシャルグッドとブランドパーパスを紐づけることで、社会は変わる

 近年、社会的メッセージを発信したり、ソーシャルイシューの課題解決を提示したりする広告が増えてきました。日本ではCSR的な発想で実施されることも多い中、海外ではこういったメッセージ発信も業績や売り上げ向上を意識して展開される傾向があります。
 社会課題解決型キャンペーンで自社商品の売り上げのV字回復を果たし、国際的なマーケティング・広告賞も受賞されている元P&Gのヘアケア シニアディレクター・CMOで、現在、株式会社OKURA BOOTCAMP代表を務める大倉佳晃氏に話を聞きました。

社会に対する企業の姿勢が問われる時代に、共感が集まりやすい社会課題解決型広告

──まずは近年、社会課題解決型の広告が増えている要因をどのようにとらえているか、聞かせてください。

 現在、消費者がモノやサービスを購入するうえで、そのブランドが「社会を良くするために何をしているか」が重要なファクターになっています。消費者に選ばれるには、企業やブランドが社会的責任を果たし、社会課題の解決にも取り組んでいることを示すことが重要になってきています。
 また、現代の消費者は日々、膨大な情報に接しており、企業やブランドが一方的に伝える広告は敬遠される傾向がある中、身近な友人や家族、信頼している人の話には耳を傾けます。よってブランドマーケティング戦略において、人々がブランドやプロダクトについて話したくなるトーカビリティー(話題にしやすさ)をいかにつくるかが重要になっています。
 そこで企業のソーシャルグッドな姿勢を示すメッセージ広告や、人々の共感を集め、議論を巻き起こすような社会課題解決型広告に注目が集まり、世界的に取り組む企業が増えているのです。製品やサービスが成熟し、差別化が難しくなってきた現在では必然的な流れではないでしょうか。今後も、この手の広告やキャンペーンは増えていくでしょう。

──社会課題解決型の広告は以前から大きなトレンドになっていますが、日本ではまだ欧米ほど数は多くないようです。

 確かに数年前までは、このような取り組みを実施しているのは圧倒的に海外のグローバル企業が中心で、日本は遅れている印象がありました。私は昨年、シンガポールから帰国し、現在、日本企業の顧問やアドバイザーも数多くしているのですが、みなさん社会課題解決型の広告やコミュニケーションに強い意欲や関心をもっていることを肌で感じています。日本の消費者のマインドもソーシャルグッドを重視するものへと、大きく変わってきているのではないでしょうか。

企業やブランドが抱える課題と社会的トピックをいかに結びつけるか

──社会課題解決型の広告を成功させるうえで大事なポイントを教えてください。

 この手のキャンペーンを成功させることは簡単なことではありません。正解はありませんし、トライ&エラーを繰り返すことも仕方がないことです。まずは日本より歴史が長い、海外の成功事例から学ぶのもよいでしょう。最も大事なことは、目的を明確にすること。目的がCSRなら、それはそれで良いと思いますが、ビジネスでの成果をきちんと目指すなら、ブランドや企業が抱えている課題と社会的トピックをきちんと紐づけることが大事です。

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 例えば、私がP&G時代に手がけたパンテーンのブランドパーパス施策である「#HairWeGo」の場合、ブランドの認知度も高く、機能的便益もある程度周知されていましたが、ブランドの情緒的価値が弱まっており、また、若年層の新規顧客獲得に課題を抱えていました。そこで、若年層が共感してくれそうな社会的トピックを絡めた施策を展開することにしたのです。

20190318_P&G_ad 2019年3月18日付1.2MB

──日本社会の髪に関する画一性や同調圧力に一石を投じた「#HairWeGo」キャンペーンは、若者を中心に大きな共感を集めました。あのメッセージはどのようにして生まれたのですか。

 共感を呼ぶ広告キャンペーンをつくるうえでもっとも重要なのは、消費者のインサイトを見極めることです。とくに社会課題を扱うようなものは、多くの人がなんとなく思っているけど言語化できていない。そのようなテーマをクリアに炙り出すことが重要です。さらにそのインサイトに、なんらかのジレンマが内包されていると大きな共感を得やすいと思います。
 「#HairWeGo」でも、今の若者のインサイトは何だろうと考える中、日本特有の同調圧力的なものに思いが至りました。さらに髪の毛と関連する分野でさまざま考えた末に、就職活動のテーマが浮上したのです。私自身も就職活動をしていたとき、ラフなファッションや髪形で不利益を被り、不条理を感じたことがあります。そんな個人的な体験もあって、あのテーマを決めました。

──大倉さんご自身の強い問題意識があったことも、成功の理由かもしれませんね。いずれにしろ、あのようなチャレンジングな社会的キャンペーンは、社内や上司を説得するのも難しかったのではないでしょうか。

 すでに同じような社会的なキャンペーンによって業績をあげたグローバルブランドの事例があったので、それを分析してまとめたものを上司に提出しました。当時、ブランド自体の売り上げが大幅に落ちていたため、今までにない大胆な提案が受け入れられた面もあります。
 ただ、成功事例があるとはいえ、自分のブランドで成功する確証はまったくありませんでした。ですから最初は予算を抑え、小さな規模からテスト的にキャンペーンを始め、消費者のリアクションを見ながら拡大させていきました。

──このような社会的なテーマを扱う広告は、ポジティブな反応だけではないケースもありそうです。

 確かに、反応は予測やコントロールできないところがあり、覚悟を決めるしかありません。一方で、その覚悟が消費者にきちんと伝わる面もあります。最近は企業やブランドが自分達の価値観やスタンスを明確に主張し、行動するブランド・アクティビズムの重要性も指摘されています。広告メッセージに企業の行動が伴っていることは当然として、さらにそこに具体的なアクションまで要求されるようになってきています。ただ、日本の場合は、社会的メッセージを発する際には、あくまで議論を提示するといったアプローチの方が有効かもしれません。

課題を提示し、議論を巻き起こし、ムーブメントへつなげるうえで有効な新聞メディア

──議論を提示することは、新聞メディアが得意とするところのひとつです。実際に「#HairWeGo」では新聞広告をもとにツイッターでの議論が巻き起こり、校則見直しなどの世論の形成へつながった面があります。

 私はP&G時代、パンテーンのキャンペーンで初めて新聞広告を使いました。今まで接点がなかった層から大きな反響をいただき、社会性のあるメッセージを発信するうえで、公共性の高い新聞の有効性を強く感じました。新聞は社会課題を提示し、議論を巻き起こすうえで非常に有益なメディアです。新聞社の強みは、ありとあらゆる社会的課題、ニュースを俯瞰的に把握していることです。

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 一方、自社のブランドや製品を、どのような社会的トピックと紐づけたら良いか、悩んでいる企業は多いと思います。そこで新聞社には、あるブランドがこういう社会課題と接点をもてる、つまり、社会的トピックスと企業やブランドをマッチングするような役割を期待しています。

──最後に若手のマーケターやこれから目指す人へのメッセージをお願いします。

  私はマーケターやブランド・ビルダーは、非常にエキサイティングでやりがいのある仕事だと思っています。この仕事でもっとも大事なのは、コンシューマーの「マインド」と「ハート」をとらえること。ブランドが提供している価値や便益を論理的に理解してもらうことが「マインド」。理屈ではなく感情的にブランドを好きになってもらうことが「ハート」です。
 この二つを高度に実現することで、素晴らしいブランドが生まれます。自分の力で苦労しながら育てたブランドが、多くの人から愛されることは大きな喜びです。私自身、消費者からいかに自分がこのブランドを愛しているかといった内容のメッセージをいただき、この仕事をしていて本当に良かったと思ったことが何度もあります。ぜひ日本から、消費者の「マインド」と「ハート」を虜(とりこ)にする、優れたマーケターやブランド・ビルダーが続々と登場してほしいと願っています。

大倉佳晃(おおくら・よしあき)

OKURA BOOTCAMP代表 兼 ブランド・ビルダー


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1985年生まれ。元P&G APAC Focus Market ヘアケア シニアディレクター・CMO。2008年P&Gジャパン入社。入社3年目からアジアヘッドクォーターのシンガポールに着任、11年にわたり勤務し、グローバルSK-II、日本・韓国ファブリーズ、日本ヘアケアで業績V字回復や急成長を牽引。
パンテーンでは、ブランドパーパスキャンペーンの#HairWeGoを開発・成功させ、P&Gグローバルのコーポレートレポートに「2030年に向けたSDGsのブランド戦略の成功事例」として掲載された。カンヌライオンズ含む世界中のブランド・広告賞も多数受賞。