フロンテッジの上島史朗さんは2016年から、西武・そごうの企業広告「わたしは、私。」を手がけられています。2017年からは朝日新聞の元日付け朝刊で社会性のある企業メッセージを毎年掲載し、SNSでも話題を集めています。そのような新聞を起点とした広告制作のプロセスと、動画やSNSとの連動について、上島さんに話を聞きました。
クライアントと一体となって生み出す企業メッセージ
――2017年から毎年、西武・そごうの正月広告を手がけています。制作のプロセスを教えてください。
西武・そごうの正月広告は、「今年はどういう方向性にするか」といった企画の段階から携わっています。いわゆる「オリエンシートをもとにアイデアを考え、プレゼンする」といったプロセスではなく、クライアントと一緒に、そのときの課題や世の中の時流などを踏まえながらテーマを探り、アイデアを考えていきます。
西武・そごうの担当の方々は、一緒に何かを作り出すことが好きな人が伝統的に多い印象があります。打ち合わせのとき、企画書ではなく「1行のコピー」をいくつか用意し、そこからイメージを広げられるか議論することがあるのですが、僕らが想像していないような意見がクライアント側から出たり、ひらめきがあったりすることも珍しくありません。
僕らのチーム内の対話も大切にしています。打ち合わせは、1週間に1、2回。肩書きにとらわれず、意見を出し合っています。そうしたやりとりを経て、少しずつ企画の輪郭を形づくっていきます。
――2020年の正月広告では幕内最小の力士 炎鵬さんを起用し、「さ、ひっくり返そう。」というメッセージを発信しました。この企画は、どのように考えられたのでしょうか。
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西武・そごうは2019年秋、一部の店舗閉鎖やリストラを発表し、その状況を踏まえて考える必要がありました。たしかに悲しいニュースではありますが、未来をよくするために決断されたことだと思います。「そう思えるようなコミュニケーションを考えることが、僕らの仕事ではないか」と、エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターの島田浩太郎が話し、それを聞いて「悲観的に捉えず、この状況をなるべく素直に受け止めて、よくしていくために何ができるか考えていこう」と、チーム内の士気も高まったのです。大切なのは、広告を通じて世の中に向けて自分たちの意思を伝え、社内も盛り上げていくこと。その両立は欠かせないと考えました。
「さ、ひっくり返そう。」というコピーは、早い段階で決まりました。言葉の通り、逆境をひっくり返して、これからも従業員が一丸となって前進していく、西武・そごうの姿勢を表したものです。これを、どう表現するか。模索している中で、力士の炎鵬さんを候補に挙げたのは、西武・そごうの宣伝担当部長でした。力士の中では小柄な炎鵬さんは、どんな大きな相手であっても自分らしい技で挑んでいく。そんな炎鵬さんは、西武・そごうの姿勢と重なり、今回のメッセージの象徴としてふさわしいと考え、依頼しました。
――11行のコピーは上から読んだときと下から読んだときでは、「絶体絶命」から「大逆転」へと意味が変わります。ユニークでインパクトもあるコピーは、どのように考えられたのでしょうか。
伝え方については、文字の向きを変えても読み取れるようにデザインする「アンビグラム」というアイデアから、上下逆から読むと意味が変わる「リバースポエム」という案が出てきました。日本語は不向きで難しいのでは・・・という意見もある中、コピーライターの山際良子がコピーを書きました。最終的に掲載したコピーより、もう少し長かったと思います。 初見でわかりづらくないように、チームみんなで何度もリライトをして仕上げました。 特に、最後の3行「ここまで読んでくださったあなたへ。文章を下から上へ、一行ずつ読んでみてください。逆転劇が始まります。」も、わかりやすさにこだわった。上から読んだ人が、下から読み返してもらえないと、ネガティブなメッセージのままで終わってしまうからです。
このコピーのポイントは、「今こそ自分を貫くときだ」というフレーズです。「大逆転は、起こりうる。」「わたしは、その言葉を信じない。」という冒頭の2行は、上から読むとネガティブなのですが、下から読むと「今こそ自分を貫くときだ」というフレーズによって、自分を鼓舞するポジティブな言葉に切り替わります。 従業員だけでなく、お客様を含めた全てのステークホルダーに向けてメッセージを届けることは、クライアントと決めたお題でした。逆境に負けず、自分らしく前に進み続ける全ての人たちを西武・そごうは応援し、自分たちも新しい挑戦を続けていく。そんなプレゼンテーションを世の中に発信できたと思っています。
――ビジュアルも印象的です。コピーを中心としたデザインで、炎鵬さんの小ささもインパクトがありました。
広告業界を志した頃から、フォルクスワーゲン「ビートル」の新聞広告「Think small.」の表現が好きで、ずっと憧れていました。何かチャンスがあったら、キービジュアルの小ささを際立たせるために余白をたっぷりとった表現に挑戦したかった。このときのストーリーは、それが実現できる内容だったので、私が手描きでラフをつくり、アートディレクターの加納彰に渡しました。この行為は、一般的なアートディレクターは嫌がると思います。だけど、加納とは付き合いが長く、僕の性格も理解してくれている。ラフの意図を汲みとり、より良くなるようにデザインしてくれました。
新聞は家の中で、最も大きな紙媒体です。その物理的な大きさによって、余白や小さなオブジェクトも効果的に見せることができたと思っています。
新聞はドライに、動画はウェットに。それぞれの役割をすみ分けて効果的に連動
――2021年の正月広告「レシートは、希望のリストになった。」は、新聞と動画、SNS、店頭など連動したコミュニケーション施策を展開されました。特に新聞から動画への導線の設計で、意識されたことや工夫されたことは。
まず、ビジュアルはレシート以外、極限まで情報を削ぎ落としました。動画につながるQRコードが目に付きやすく、思わずアクセスしたくなる。そんな行動につなげていくことを目指しました。QRコードの位置は、新聞を広げて見ているときにスマホをかざしやすい場所はどこか検証し、決定しました。
表現については、新聞と動画ですみ分けました。新聞は、読む人の知性を決して馬鹿にしない。動画は答え合わせではなく、感情に訴える場所にする。こうした両者の役割を、できるだけ明確にして考えました。
具体的には、新聞広告はすべてのメッセージをレシートの中に入れていたので、できるだけドライなコミュニケーションを目指しました。活字を読む人の気分として、新聞の見た目はドライにしておいたほうが、QRコードの先にある動画を見たとき、気持ちの変換が起こりやすいと思ったからです。一方、動画は新型コロナウイルスによって奪われた、日常の中にある情景を描きました。音楽やナレーションも含めて、感情を揺さぶるウェットな表現になっています。
――レシートに情報を集約したシンプルな表現で、元日の新聞広告の中で際立っていました。
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元日の新聞広告は各企業、力を入れているので、文字は大きく、レイアウトも明快で、押し出しが強い。とにかく最も目立たせようとする「プッシュ型」の広告がほとんどです。一方、 2021年の「レシートは、希望のリストになった。」は、先ほどもお伝えしたとおり、新聞はドライに、動画はウェットなコミュニケーションにしようと考えていたので、「プル型」でいこうと提案しました。
忙しい日常だと、なかなかボディーコピーまでじっくり読む時間はないですよね。しかし、お正月の三が日は流れている時間がゆっくりしていて、心の余裕もある。だから、広告も隅々まで見たり、読んでもらえたりする可能性は高いと思っています。特に元日の新聞はお正月3日間のテレビ欄がまとまっていることもあり、保存性も高い。2、3日、新聞はリビングに置きっぱなしだったりしますよね。通常のウィークデーだと、瞬く間に次の話題に切り替わり、情報が消費されていく印象があります。しかし、元日の広告がSNSで話題になるのは初日だけでなく、2日目、3日目に発信している人も少なくない。お正月ならではの、時間感覚によるものだと思います。
――元日広告を掲載後、副次的な反響があったそうですね。
西武・そごうは、業界別就職ランキングでは、2016年は圏外でした。しかし、2017年以降、「わたしは、私。」というシリーズで企業広告を始めてからランキング圏内へ入り、50位以内に入ることもありました。
あと、「中学校編 とっておきの道徳授業15」にも掲載されました。先生が道徳の授業を行うときのテキストらしく、掲載されてから各地で「さ、ひっくり返そう。」を授業で取り上げたことを、ブログやSNSで発信されている方々がいました。
社内のうれしい出来事は、山際良子がこの仕事(「さ、ひっくり返そう。」)で2020年度 TCC新人賞(東京コピーライターズクラブ)を受賞したことです。技術的に成立させる難しさがある上に、クライアントの状況を鼓舞するというインナーブランディングの視点と、エンターテインメントとして読む人に驚きを与える視点の両立ができたのは、彼女の活躍なしでは考えられません。
また、「レシートは、希望のリストになった。」では、プランナー/コピーライターの宗政朝子が2021年 ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS の「フィルム部門 クラフト賞」において、優れた若手プランナーに贈られる小田桐昭賞を受賞しました。山際、宗政とも、実力のある二人だったので、評価されたことをチーム全員で喜びました。
スマホの縦型の画面と15段広告の親和性、SNSでの拡散のポイントに
――新聞や新聞広告の魅力、ご意見などあれば聞かせてください。
新聞は広告にとって、もっと面白い場になる可能性はあると思っています。たとえば、アメリカのスーパーボウルのCMのように、各社の叡智を集めたアピールの舞台になったら面白そうです。多メディア化という時代も、後押しになるはず。
新聞は、SNSとの親和性が高いと思っています。スマホで撮影した新聞広告を、SNSで見かける機会は多いですからね。新聞と動画を連動した広告がSNSで拡散されるときも、新聞のビジュアルをサムネイルにする人が圧倒的に多い。15段広告が、スマホの縦型の画面とフィットしやすい比率だからかもしれません。
自分が手がけた広告が新聞に掲載されると、背筋が伸びます。その感覚は今もありますし、これからも、なくしてはいけないと思っています。
――最後に、上島さんが仕事をする上で、大事にしていること、ポリシーなど教えてください。
広告の仕事をする上で影響を受けた人は、朝日新聞に長年コラムを書かれていた天野祐吉さんです。「優れた広告はそれ自体が批評性をもっている」という天野さんの考え方は、僕のものの見方の「ある部分」をつくってくれたと思っています。
学び続けることも、意識していることのひとつです。今、学んでいることは、感情についてです。僕がすごいなあと思う人たちは、どの方もそれぞれ感情をどうデザインするか、どう扱って、どう届けるかについて考え、実践されています。感情に対して敏感であることは、この先どんな仕事をするにせよ重要だと考えています。
フロンテッジ シニア・クリエイティブ・ディレクター
埼玉県所沢市出身。アルペンスキーへの愛着から長野へ。ながのアド・ビューローで数多くの地元CMに携わる。2007年よりフロンテッジへ。主な仕事に、西武・そごう「わたしは、私。」シリーズ、そごう川口店「さよならの前に、できること。」、信濃毎日新聞「家族のはなし」シリーズ、KIRIN「#カンパイ展」、「#iMUSEで医療支援」など。TCC賞、TCC新人賞、CCN賞、地方CM大賞、文化庁メディア芸術祭審査員推薦作品、BOVAグランプリ、ADFEST、Spikes、ほか。2021年クリエイター・オブ・ザ・イヤー メダリスト。