「ストーリーテリング」

  “He is a storyteller.”というと、「あの人のいうことはね」と眉につばをつける仕種をするようなニュアンスを含むことがある。しかし、ストーリーテリングにもともと「作り話」の意味があるわけではない
  ストーリーテリングとは読んで字の如し。ストーリーを語ることだ。ストーリーを物語と訳す人もあるが、あたかもフィクションであるような誤解も生じかねない。人の間で語られる話はおよそすべてストーリーなのである。

  伝承や神話、政治や経済についての解説から企業理念やブランドのビジョン、商品についての説明、どれもストーリー。いやもっと下世話なうわさ話だってストーリーだ。「誰々がどんなわけがあって何をした。その結果、何が起こって・・・」と、ここには起承転結、理由や因果、関係や影響、そういった情報がセットになって入っている。
  このセットが上手にできていると、人はそれを聞いてなるほどと納得する。納得し腑(ふ)に落ちると、聞き手は今度は自分の言葉でそのストーリーを再現し、また他の人に伝えられるようになる。

 人は細々した事実情報の断片は往々にしてすぐ忘れてしまうが、それがストーリーに織り込まれていったんアタマに収まると、後からでもディテールを思い出すことができる。昔、記憶術の名手は一見個々ばらばらなもののリストを覚えるときに、それを次々と結びあわせるストーリーを作るのだと聞いたことがある。これが、ストーリーの持つコンテクスト、つまり文脈というものの力だ。場合によっては、ストーリーは細部が多少違っていても、コンテクストがしっかりしていさえすればちゃんと伝わってしまう。それどころか、人はストーリーを理解すると、そこに語られていない事柄についてまでも想像できたり察しがつくようにさえなるものだ。

 マーケティングでは、商品やサービスのよりよい理解に向けてストーリーが使われてきた。例えば、広告やプロモーションの話法。個々の断片的な情報ではなく価値を感じさせるコンテクストを伝えようとする。これはいわば「ストーリーをどう聞かせるか」ということがポイントであって、いわばマーケティングを行う側のストーリーテリングだ。

  実はストーリーテリングには、単にメッセージの送り方ということ以上の意味がある。
  人はかつて聞き知ったストーリーを自分の言葉で語るとき、それを聞いたとき以上に腑に落ち、深い理解に至ることがある。内容によっては、それを口にする過程で語ることがらが「自分ゴト化」したり、それを広め伝えることへの使命感が生じたりする。

 さらに、ブランドコミュニティができるとき、組織内で文化や知識が継承されるときに、あるいは世の中にトレンドやオピニオンが生まれる過程で、人々が事柄の意味やコンテクストをただ耳にするだけではなく、自らそれを語る行為自体が広がっていく姿をしばしば目にする。これは、昔話や口承伝説などで、社会のルールやものの見方、価値観が伝承される構造と同じだ。

  どうやらストーリーという情報の形は、人の理解のしくみや社会性のあり方とも深く結びついているらしい。だから、コミュニティの生成や、連帯感の強化にもつながる力を持っているのだろう。
  これこそが、マーケティングやブランド作りなどにとってのストーリーテリングが持つ本質的な意味だと思う。人々にストーリーを伝え聞かせること以上に、人々をしてストーリーを語らせること、そこにポイントがある。

 さて、価値創造のマーケティングでは、人々の知識や経験を聴き取ることにストーリーテリングが使われている。ここでは個々人の経験を主観視点で見ることから、「ナラティブ」という言葉が使われる。これについては、稿を改めて紹介したい。

岡田浩一 (おかだ・こういち)

電通 マーケティング・デザイン・センター ブランド・コンサルティング部長

電通の戦略コンサルティング部門であるブランド・クリエーション・センターの立ち上げに加わり、現在、このグループのディレクターとして、国内外のクライアント のブランド、マーケティング、イノベーションなどの課題について「戦略から実体化まで」一貫して支援するサービスをリードしている。最近ではブランド戦略とグローバル・マーケティングの交差した領域に多く携わり、日系企業のグローバル化戦略、多国籍企業のグローバルブランド管理などのプロジェクトを担当。訳書に「ブランド価値を高めるコンタクト・ポイ ント戦略」(共訳 ダイヤモンド社)、「ブランド価値で戦わずして勝つ カテゴリー・イノ ベーション」(共訳 日本経済新聞出版社)など。