「バックキャストとフォーキャスト」

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UBER、Airbnb、メルカリ、Didiなど私たちの生活を大きく変え、ディスラプション(=創造的破壊)をおこす企業が特に2014年以降、格段に増えている。ディスラプションをおこす企業を見ていると、そのモチベーションの多くは「世の中をよりよくしたい」にある。その背景には、未来をグローバル視点で考えた時に、過去のデータなどを基に予想/予測(=フォーキャスト)するだけでは、変化が激しく、先行き不透明な時代のため対応しきれない。そのため、彼らは顧客中心にバックキャスト思考を取り入れ考えることで、様々なイノベーションを進めているのである。

 バックキャスト、またはバックキャスティングとは、ある事柄において、目標となる未来を定めた上で、そこを起点に現在を振り返り、今何をすべきか考える未来起点の発想法である。対になる言葉をフォーキャストというが、例えば「ウェザーフォーキャスト=天気予報:過去のデータや実績などから天気を予測する」などを考えると、過去+現在起点なのか、それとも未来起点なのかという視点がわかりやすいかもしれない。

 バックキャスト思考自体の形は昔からあるが、広く知られることになったのは1997年にスウェーデンの環境保護省がまとめた「2021年の持続可能性目標(Sustainable Sweden 2021)」というレポート。これをきっかけに、日本の環境省などの長期ビジョン作成において活用され、広まった経緯がある。そして、SDGsやイノベーションの動きが盛んになった今、再度民間企業からも注目を浴び、マーケッターにおいても市場動向やクライアントの考えの把握をする上で、重要な思考法となっている。

 バックキャスト思考を検討する上で、大事なのは「制約」を忘れないこと。バックキャストという言葉を記載している文章では、制約なしに「明るい理想とする未来」を描いて今何をすべきかを記載している場合もあるが、それでは机上の空論になってしまう。

参考:『バックキャスト思考』石田秀輝/古川柳蔵(2018)

 この思考法、実は広告会社においてはクライアントよりブリーフを受けて、プレゼンテーションをするという、慣れ親しんだ形に類似している。ブリーフを制約としつつ、クライアントの本来の悩みや制約をさらに深掘りし、その上でどんな面白い未来を描けるかを考え、プロコン(賛成/反対)含め未来起点に今何ができるかを考える、バックキャスティングを行う。この思考法で、今後はキャンペーンとして何をいうか、という形だけに留まらず、実際企業全体が何をするか、という目線でのマーケティングに寄与することが大切になっていく。

 2018年11月リスボンで開かれたマーケッターとスタートアップの祭典「WEB SUMMIT」にて、Appleの環境担当VP Lisa Jackson氏が講演した。クリーンエネルギーのサプライチェーンの構築やクリーンエネルギーファンドの立ち上げ、古くなったApple商品を返却すると新しいAppleプロダクトの材料に使われる、Givebackプログラムを立ち上げるという。今後日本企業においても、国内市場の縮小やグローバルでの競争が高まる中、これまで同様の経営や事業展開方針からの脱却をはかるべく、社会状況や自然環境の変化を予測し、将来を見据えた上でビジネスが展開されていくだろう。こうした中では、マーケティングにおいても「バックキャスト思考」を活用しながら進めていくことがますます重要となってくるだろう。

【 参考文献 】
  • United Nations, Department of Economic and Social Affairs, Population Division (2017)
  • 『バックキャスト思考』石田秀輝/古川柳蔵(2018)ワニブックス
寺西藍子(てらにし・あいこ)
寺西藍子氏

アサツー ディ・ケイ SCHEMA プロジェクト マネジャー

日本、グローバル企業の国内外のマーケティング活動を担当。ラグジュアリーブランド8年、ロボティックスプロジェクトにも携わり、2017年より新規事業開発に従事。日本のスタートアップと大企業のエコシステムを成長させるべく、ブランディング×テクノロジーの目線で事業開発を担う。
講師:亜細亜大学経営学部、理化学研究所, ADFEST Young Lotus
主な受賞歴:Cannes Lions、SPIKES ASIA、ADFEST、コードアワード、他