昨今のコミュニケーション課題は「嫌われない広告」
「一昔前に比べて広告への反応が鈍くなってきた」と感じておられる方も多いのではないでしょうか。昨今、広告のROI(Return On Investment)低下が様々なシーンで指摘されるようになってきました。私の担当するクライアントでも、広告が効きづらいという感覚を持つ方も増えています。
ビデオリサーチの生活者データベースACR/ex(エーシーアール・エクス)は、生活者のメディア接触、商品・サービスへの関わりや日常生活意識・行動を、2014年から現在に至るまで同一の調査設計で調べています。このデータから、広告に関する生活者の態度を2014年と2023年データで比較しました(図表1)。これを見ると、2014年から2023年で広告に対する反応が低下していることがわかります。「広告が以前よりも効きづらい」と感じる背景には、生活者の広告に対する感度の低下があるといえるでしょう。
この期間で広告として急成長を遂げたのは、運用型広告を中心とするデジタル広告です。デジタル広告は生活者の関心に合わせて広告を出し分けることが可能なため、生活者の多様化に最適な、リーチ効率の良い広告メディアとして広く活用されるようになりました。
その一方、活用が進む中で課題も生まれました。情報接点や接触時間量が増える中、繰り返し提示される広告に対して生活者が嫌悪感を示しはじめたことです。その感情を反映したものが上記結果のひとつと言えるかもしれません。
メディア接触時間が延びたコロナ禍の2020年、デジタル広告の領域でよく挙がった課題・テーマは「嫌われない広告の出稿」でした。こうした状況に対して、研究領域では広告提示方法の最適化に関する研究が盛んにおこなわれています。嫌われないための広告提示テクニックを見出すアプローチです。
広告に求めることの多様化
広告主側の課題も多様化しています。広告宣伝部門の現場では依然として広告ROIへの関心が強い一方、経営層を中心に「ブランドのファン化」「ブランドイメージの構築」といった課題が挙がっています。
一見、別々の課題ともとれる両者は、広告効果の出現タイミングを「短期におくのか」、「中長期におくのか」の違いを反映しており、相反するものではないと考えています。図表2にこれらの課題と、それに対するコミュニケーションアプローチの整理をしました。効果を捉える視点が違うため広告の目的や課題設定が異なり、それにつれて当然、アプローチも異なるため別々の課題のように見えるわけです。
図表2;広告効果の視点別コミュニケーション目的とプランニングアプローチの整理
ブランドの維持・成長にはいずれの課題も重要であるため、どちらか一方のみに対応するだけでは不十分でしょう。広告ROIの最適化とブランドのファン化・ロイヤルティ形成は並走し、両方に対してそれぞれアプローチしていくことが現在求められるコミュニケーションだといえます。
いずれの課題でも、先述の「広告に対する嫌悪感」は重大な問題です。特に、ファン化やブランドロイヤルティ形成を目的とする中長期的効果視点では、嫌悪感はさらに問題となります。これまで広告は生活者に露出すること、つまりリーチが重要視されてきました。そのため、研究領域でも現場でもリーチ最適化対策に集中していますが、嫌悪感への対策は不十分だと筆者は考えています。
メディア・エンゲージメントで態度変容を測る
生活者に受け入れられる広告活動を計画する際には、生活者がそのメディアをどう捉えているのかを理解してプランニングする必要があると考えています。例えば、くつろいでいる状態で何となく見るメディアに、詳しい商品やサービスの説明がたくさん露出した場合、生活者はそれを見る気にならないでしょう。逆に、しっかり読んだり見たりする態度で接するメディアで、イメージだけを訴求すると生活者は物足りなく感じます。
こうした生活者のメディアへの関与状態は「メディア・エンゲージメント」と呼ばれていますが、これを広告の観点から整理することで生活者に受け入れられやすい出稿が可能になると考えています。
筆者は、メディア・エンゲージメントを捉えるひとつのアプローチとして、広告による態度変容に着目した研究を行っています。態度変容は広告効果を構成する重要な要素です。筆者は、広告効果を〝リーチと態度変容の掛け合わせ〟であると考えています。
例えば、リーチが90%のある広告キャンペーンがあるとします。その時リーチした人のうち10%がその広告の商品・サービスに興味を持ったとすると、その広告キャンペーンの世の中に対する影響(広告効果)は90%のうちの10%、つまり9%の興味喚起効果ということになります。
別の広告キャンペーンでは、リーチが10%しかなかったとします。しかし、その時リーチした人のうち、90%の人が商品・サービスに興味を持ったとするとどうでしょうか。この広告キャンペーンの広告効果は10%のうちの90%、つまり9%の興味喚起効果ということになり、先ほどのリーチが90%だった広告キャンペーンと同じ効果ということになるわけです。
リーチと態度変容は独立した別々の指標です。それゆえ広告効果の観点で見てもリーチだけを最大化するだけでは、広告の受容性向上に不十分だといえます。生活者がもつ広告の態度変容上の印象をそのメディアの特徴として理解し、それにあった活用を行うことで広告の受容性を高め、ひいては効果向上が期待できるのではないでしょうか。
各広告メディアはパーチェスファネルのどこに効くか
筆者がメディア・エンゲージメントを捉える要素として考える広告の態度変容は、本来個別の広告キャンペーンに対する効果反応で測定されます。このデータは態度変容を表現する指標として一見理想的ですが、課題も存在します。
例えば、過去に広告出稿実績がないメディアでの態度変容の可視化が難しいことや、得られた結果がメディア特性とは異なる、個々のクリエーティブの影響を受けているという課題です。
そこで筆者は、そのメディアで広告を接触した際に期待できる効果を広告におけるメディア・エンゲージメントと捉え、指標化しメディア比較を行う試みを研究しています。
先述のACR/exでは、メディア別の広告の印象を調査対象者に聴取しています。これは各メディアの広告に対してどのような印象を持つかを、約30項目の態度変容印象項目から複数回答で選択する形式の質問項目です。図表3は、印象項目は、「リーチ・想起」から「興味・関心」、「内容理解・好意」、「意向喚起」から「購入」、そして「推奨」に繋がる一連のパーチェスファネル(※)別に項目を整理したものです。「推奨」を除く各パーチェスファネルで広告の印象項目を複数取得しているため、当該メディアの広告におけるメディア・エンゲージメントを詳細な課題に合わせて多角的に捉えることができます。
図表3;パーチェスファネル別の主な「広告の印象」項目
(※)パーチェスファネルとは、ユーザーの購買決定プロセスを説明するフレームワークである「AIDMA(アイドマ)」の考えを基本として作られたマーケティングファネルです。
広告の印象はそのメディアにおける広告への関与状態(メディア・エンゲージメント)を反映し、広告効果の出現に影響すると考えられます。各メディアにおける広告の印象を当該のメディア利用者ごとに算出することで、そのメディア利用者が接触により期待できる反応、つまり広告におけるメディア・エンゲージメントを数値化することができます。
メディア・エンゲージメントを各メディアに数値化することで、わざわざブランドリフト調査を行わずとも、態度変容のメディア間比較が可能になります。
今回は、テレビCM、インターネット動画広告、SNS広告、新聞広告を対象に、各メディア利用する人における当該メディアのメディア・エンゲージメントを算出しました。
広告の印象を各メディア内で偏差値にして比較し、その結果のうち、各メディアで偏差値の高い特徴的な広告の印象項目を取り上げたものを図表4に示します。
これを見ると、テレビはリーチ・想起、新聞は内容理解、インターネット動画はイメージ形成、SNS広告は意向喚起というように、それぞれに強みのある態度変容役割があることがわかります。
新聞広告では「商品の品質や性能を詳しく知る」「商品やサービスの価格がよくわかる」「資料請求や問い合わせをしたことがある」「広告の内容をしっかり見る(読む・聴く)」といったパーチェスファネル上の中央(ミッドファネル)が高く、新聞ならではの内容理解に強いことがわかります。
ここまで見た結果から、メディアによって1回接触当たりの効果は異なることがわかりました。各メディアで得意とする態度変容効果も異なることから、単に複数のメディアに出稿しクロスさせるのではなく、コミュニケーションで達成したい態度変容に合わせて、それを得意とするメディアを選定し出稿することが重要です。次章では、そうしたクロスメディア効果の考察をご紹介します。
メディア・エンゲージメントを加味したプランニング視点
ここまで、態度変容の観点から各広告の役割の違いをデータで見てきました。ここで一つの疑問がうまれます。役割の違いを加味したコミュニケーションプランを設計した場合、広告効果は狙い通りに向上するのでしょうか?
こうした疑問を検証した筆者の研究(吉田,2020)では、内容理解に態度変容役割の特徴がある新聞広告と、欲しい情報がタイミングよく入るという特徴があるデジタル広告(2019年時点の知見)を組み合わせた際のクロスメディア効果を、組み合わせ方を変えて比較しました。
ひとつは単純に新聞広告とデジタル広告の両方を出稿し接触した場合の効果、もうひとつは各広告の役割を加味し、新聞広告をみてその商品サービスを欲しいという気持ちを喚起した(しっかり内容理解した)人にデジタル広告を配信する(タイミングよく情報を提示する)形で接触した場合の効果です。
各出稿パターンでブランドリフトの結果を見ると、単純に2つのメディアの広告に接触させた前者よりも役割を加味して組み合わせた後者のほうが広告効果は高く、特にサイト誘因への効果は2倍以上の開きがあることが示されました。役割をメディア・エンゲージメントから設定しプランニングした場合のほうがより効果を高めることができるというわけです。
図表5は、先述のACR/ex「広告の印象」項目を用いて、クロスメディア効果を表現したものです。各メディアと新聞の両方を利用する人における当該メディアいずれかのメディア・エンゲージメント(%)を算出し、それを各メディアのみ利用する人の当該メディアのメディア・エンゲージメント率で割ることで、新聞広告の重複接触によって期待できるリフトをインデックスとして算出しました。ビデオリサーチでは、このクロスメディア効果推計方法に関する特許を取得しています。
これを見ると、各メディアとも新聞広告をクロスさせることで態度変容が大きくリフトすることが期待できることが示唆されます。特に、新聞の優位性が示された内容理解を中心に興味関心や意向でのリフト効果は高く、200%を超える態度変容項目も見られます。
組み手となるメディアを問わず、しっかり広告を見せることで内容理解を促進させ、資料請求などの実行動に結びつける上で重要な役割を果たすことが期待できるという結果です。
特にリフトが高い組み合わせとして、インターネット動画やSNS広告における「信頼できる」のリフトが挙げられます。いずれも600~700%アップと目立っており、デジタル広告の嫌悪感を緩和するアプローチとして注目されます。この結果を見る限り、新聞広告は中長期的効果視点のファン化・ロイヤルティ形成の文脈でも活用できると考えてよいでしょう。
プランニング思考の突破口=メディア・エンゲージメント
広告の受容性が低下する昨今、その対策として広告への態度変容を表現するメディア・エンゲージメントを見てきました。現在のコミュニケーションには、単に接触機会の創出に目を向けるだけでなく、その接点に生活者がどのように関わっているのかを理解することが求められています。その一側面として、広告のメディア・エンゲージメントが機能すると筆者は考えています。
この知見を用いることで、現在、別々にそれぞれの「お作法」として固まりつつもある短期的および中長期的効果視点のプランニングに、新たな思考法を付加することができるでしょう。「効きづらい」と感じるそのプランニングの突破口として、ぜひご参考いただけますと幸いです。
<参考>
- 「クロスメディア効果推計」特許番号:第7329708号(情報処理装置、及び情報処理方法)
- 吉田正寛(2020)「メディア・エンゲージメントを加味した出稿組み合わせの効果 新聞×デジタル広告の事例より」『日経広告研究所報』309号、30-37ページ
株式会社ビデオリサーチ フェロー
同志社大学文学部卒業、同大学大学院文学研究科心理学専攻修了。2008年ビデオリサーチ入社。
調査実務やメーカー営業担当、商品企画担当を経て現職。ビデオリサーチ保有のデータを用いたコンサルティング業務に従事。主な専門は広告出稿配分や広告効果検証の分析。