「デジタルツイン」とは、英語で「デジタルの双子」を意味し、リアルワールド(現実世界)から取得した情報をデジタルワールド(仮想世界)に再現する技術のこと。現実空間とリンクしないメタヴァースや仮想空間とは異なり、現実世界とのデータ連動性やリアルタイム性がありシミュレーションなどに活用できるデジタル空間の総称である。「ミラーワールド」とは、英語で「鏡像世界」の意味であり、現実世界の都市や社会のすべてが1対1でデジタルツインとして再現された仮想世界を指すことが多い。
デジタルツインとは、現実空間と双子(ツイン)のように対になったデジタル空間
デジタルツインとは、リアルワールド(現実世界)から取得した情報をデジタルワールド(仮想世界)に再現する技術のことで、デジタルの双子(ツイン)という意味が込められている。デジタルツインは、①現実世界の物理モデルと仮想空間の数理モデルが対になって連動しており、②センサーなどを用いたリアルタイムデータを処理できる、という二つの条件を満たしたデジタル空間と定義される。現実世界の情報を仮想世界にコピーした鏡の国のような側面があり、現実の都市や社会のすべてが1対1でデジタルツインとして再現された世界を「ミラーワールド」と呼ぶこともある。
デジタルツインが一般的なメタヴァースや仮想空間と異なるのは、リアルタイム性が高く現実世界の再現を目指している点だ。デジタルツインは、たとえばIoTデバイスで取得したデータを5G通信でクラウドサーバにリアルタイムでアップロードしてAIが解析することで、現実世界のシミュレートを行うことを目的にしている。ミラーワールドのように現実世界の全データをリアルタイムで仮想空間に再現する場合もあるが、重要なデータのみ抽出して仮想空間でシミュレートする場合なども含めて、デジタルツインと呼ぶことが多い。ここ数年だと、建物内などでのコロナウイルスの飛沫(ひまつ)シミュレーション、地震や津波などの災害シミュレーションなどに関連して、デジタルツインという言葉を耳にする機会が増えてきている。
最初にデジタルツインやミラーワールドという言葉が登場したのは、イェール大学のデビッド・ゲレルンター博士の1991年の著作『Mirror Worlds』だと言われる。この本では、未来の人々がVRの仮想空間の世界に暮らしており、スクリーン越しに外界を水晶玉に映して操作している様子が描かれている。そしてミシガン大学(後年フロリダ工科大学)のマイケル・グリーブス博士が、この概念を製造業に応用できるとして2002年に業界団体で紹介したことをきっかけに広まった言葉のようだ。
Digital twin technology was first used in practice by NASA. It proved vital during the failure of the Apollo 13 mission. Engineers & astronauts were able to use digital twins to establish what was going wrong and fix issues remotely.@IEGroup https://t.co/EN3bZsfBGY pic.twitter.com/7ecROAmwSg
— elevāt-IoT (@elevat_IoT) January 7, 2019
ちなみにデジタルツインの根底にある「現実世界と対応したデジタル空間のシミュレーション」に最初に取り組んだのは、1970年代のNASAのアポロ13号月面探査プロジェクトだと言われている。宇宙航行中に酸素タンクが爆発し危機に陥った際に「ペアリングテクノロジー」と呼ばれる手法で、アポロ13号の状態を地球上で再現・シミュレーションして、地球への帰還を成功させた。その後2010年にはNASAのジョン・ビッカーズ氏がこのコンセプトを「デジタルツイン」としてロードマップで紹介しており、宇宙船などのデジタルシミュレーションに応用されているという。このように現実世界の課題解決に取り組む前に、仮想世界のシミュレーションを活用して各種の解決策を検討し、より効率的かつ効果的なソリューションを開発できることが、デジタルツインの本質的価値と言える。
街づくりから災害対策、買い物体験などにも応用される「都市のデジタルツイン」
デジタルツインの特長は、現実世界との連動性とリアルタイム性にある。デジタルツインにより現実世界の変化を仮想世界でシミュレートできればさまざまな分野に応用できる。その範囲はメーカーの製品開発・設計や工場ラインの最適化、建築・土木、航空・宇宙などの領域まで幅広い。広告マーケティングの関連分野でも、消費者の生活にも直結する都市計画やスマートシティーの開発、津波や地震などの災害対策、そしてスポーツやエンターテインメント領域など、さまざまな応用事例がある。
スマートシティー・都市計画へのデジタルツインの応用事例として有名なのは、シンガポールだ。シンガポール政府は2014年から「スマート国家」政策を進めており、国土全体の地形や建物、交通機関・水位・人間の位置などを統合して活用できる「バーチャル・シンガポール」を構築している。仏ダッソー・システムズの技術をベースに国土を丸ごと3D仮想空間でデジタルツイン化して、リアルタイムな都市の情報を可視化することができるという。従来は縦割り行政で混乱していた都市開発計画が、各省庁を横断して都市開発後の人流や渋滞予測などをシミュレーションできるようになったり、交通情報や工事状況をリアルタイム共有することによる渋滞緩和策や工事効率化の検討に活用されたりしている。こうした国や自治体によるデジタルツインの活用やオープンデータ化は、世界中に広がりを見せている。
米ボストン市では1980年代から現実世界と対になるような木造の都市模型で、ビル建設により公園にどれほど日陰が落ちるかを検証していたという。現在ではデジタルツイン上にボストンの街が再現されており、高精度のシミュレーション分析の結果、新しいビルの高さを24メートル低くするなどの都市計画の判断に生かされている。米国全体では、政府機関や州・都市などがデータを一元管理できる「Data.gov」が公開されており、2009年の発足当初47件だったデータが2021年現在33万件まで増加している。欧州だとフィンランドのヘルシンキで、スマートシティー開発のために都市モデルをオープンデータとして公開する都市3Dモデルプロジェクトが開始されており、太陽光発電のエネルギー最適化のためのデータ解析、洪水などの災害リスク評価、自動車などの騒音シミュレーションなどに活用されているそうだ。
日本では国土交通省が、主要都市の3Dモデルのオープンデータ化プロジェクト「PLATEAU」を進めており、2021年には全国56都市の3Dモデルのオープンデータ化を完了している。一般社団法人渋谷未来デザインは「デジタルツイン渋谷プロジェクト」を2021年11月にスタートしたが、ここでは前述のPLATEAUなどのオープンデータが活用されており、渋谷区のさまざまなデータを可視化することで、渋谷区民や利用者に最適な街づくりに生かそうとしている。また新宿区ではPLATEAUなどの3Dモデルを活用して新宿三丁目エリアを中心とする「バーチャル新宿」が構築されている。これは三越伊勢丹が2021年に公開した「バーチャル伊勢丹」を拡大したもので、仮想空間上で街歩きや買い物体験ができるという。また東京都は2020年に発表した「スマート東京実施戦略~東京版Society 5.0の実現に向けて~」の中で、デジタルツインとして「バーチャル東京」を構築し、都民の移動や情報のリアルタイム把握、災害対策や渋滞予測などのシミュレーションに活用する構想を発表している。このように都市のデジタルツイン化が進めば、消費者の生活の向上や、買い物などのユーザー体験の変化などを通じて、マーケティング領域にも影響が及んでいくと想定される。
ミラーワールドは、ウェブ、ソーシャルメディアの次のトレンドになりうるか。
都市以外の応用例もある。2018年のロシアワールドカップではデジタルツインを活用して、ボールや選手の動きから、選手の心拍数や疲労度までをデータ取得してデジタルツイン上に統合し、各チームのベンチのタブレットにリアルタイムで反映させたという。このようなデータがスポーツ中継などに活用されれば、スポーツ観戦のあり方も変わるかもしれない。また、農業や環境問題への応用例もある。気候変動により世界中で食料不足が起きる中、IBMは衛星画像や農地に設置されたセンサーの値や天候、土壌の状態などのデータを集め、デジタルツイン上に農場のシミュレーションモデルを構築しているという。日本の環境省が策定した第五次環境基本計画には、デジタルツイン技術の確立によるエネルギー機器の開発期間短縮・CO2排出削減などの実現に向けた技術開発を進めると明記されており、CO2問題への活用も期待されている。広告マーケティング業界でもサステナビリティやSDGsが叫ばれて久しいが、デジタルツインの視点を取り入れることでヒントが得られるかもしれない。
デジタルツインの活用が進めば、都市のデータがすべて仮想空間にあるミラーワールドが近い将来実現される可能性もある。ミラーワールドは「ウェブ」「ソーシャルメディア」に次ぐ第三のプラットフォームになるとも言われている。そのとき現実世界と仮想世界をつなぐ窓となるのがAR(拡張現実)などのテクノロジーだ。これらが複合的に日常生活に浸透した未来では、ブランディングや体験設計においてデジタルツインやミラーワールドの視点が必要になってくる。ミラーワールドが、ウェブやソーシャルメディアの次のトレンドになれるかは現時点ではまだ未知数だが、企業のマーケティング担当者はこのトレンドを注視しておくべきだろう。
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ADKクリエイティブ・ワン/SCHEMA クリエイティブ・ディレクター/クリエイティブ・テクノロジスト
デジタルやテクノロジー分野での経験を武器に、未来志向のクリエイティブ開発やSFプロトタイピングを得意とする。
最近の仕事に、障害者の社会参画をテーマにした「分身ロボットカフェDAWN」、ブラックホール理論が導く”役に立たない未来のプロトタイプ"を空想した「Black Hole Recorder」など。Cannes Lions、D&AD、SPIKES ASIA、ADFEST、ACC、メディア芸術祭、グッドデザイン賞ほか受賞歴多数。クリエイター・オブ・ザ・イヤー2020メダリスト。