「ファンダム」

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ファンダムとは、アイドルやセレブリティ、スポーツやファッションといった趣味ライフスタイル分野、アニメ・漫画・小説といったコンテンツ分野の熱心なファン/フォロワー集団を指す。SNSや各種プラットフォームによって集団的に形成された文化・価値観や行動基準を有する。

ファンダム≠ファンベース?

 インターネットやSNSといったテクノロジーは、リアルな環境では実現しにくい水準で、共通項を持った人と人とをつなぎあわせることができる。それは同じ趣味を持つ人々、愛好家達にとっては福音のような出来事だったといえる。
 本稿が採り上げる「ファンダム(Fandom)」はファンとキングダムとをかけあわせた造語であり、いわばファン達が築き上げた絶対的な王国を意味する。ファン同士が固いきずなで結びつき、独自のカルチャーを形成するコミュニケーションの機会や場を指す。

 世界最大級のファンダムのプラットフォームFandom.comは約250万人が利用し、約35%がアメリカ、残りがそれ以外の国や地域の在住者で、2020年には利用者数が前年比40%の伸びを記録したという。日本のアニメ、K-POP、韓国ドラマといった分野の成長がめざましく、ヨーロッパでは特定の小説に関するコミュニティーが人気のようだ。

 ファンダムの形成には、①ファンとその集団、②それらが思い入れを託す有形無形の対象(ファンオブジェクト)、そして③SNSのようなコミュニケーションプラットフォームが必要となる――NAVERとHYBEが運営する韓国の「Weverse」のように、ファンダムのためのプラットフォーマーも存在する。そのうえで、ファンオブジェクトへの情熱を表現しあう回路が定着し、自発性と熱狂性をその活動が帯び始めたときに、ファンダムが生まれ機能していると見なすことができる。

 ファンの集いという意味ではファンベースといった類語も既に存在する。ファンダムもファンベースもSNSマーケティングの領域で言及されることが多く、情報の拡散やレピュテーションの形成に良い影響を与えるという点では同様だ。近年注目されることの多い「推し活」もこの文脈で捉えることができる。しかしながら、後者が中立的なニュアンスでファン集団を名指すものなのに対し、前者は情念的であり、後述するように耳に心地よいマーケティング用語にはおさまらない「危うさ」もはらむ。ファンダムのアクティビティが、重要な場所を訪れる「巡礼」や知人友人に情報を熱っぽく伝える「布教」といった宗教的な語彙で語られるのは偶然ではない。
 先行研究のレビューによると、ファンダムには三つの側面があるとされる。それぞれ、

(A)「ユートピアとしてのファンダム」
(B)「下克上としてのファンダム」
(C)「自己表現としてのファンダム」

である。

 簡潔に説明すると、(A)は、ファン同士が自分と同じ嗜好を持ったメンバーとの関係に安心感を抱き理想的な帰属感を抱くというもので、社会一般との断絶性が存在するほど、この側面が際立ちやすい。

 (B)は、社会的・文化的な意味で下に置かれた人たちが、その序列を作り変えるために団結し活動する側面を指す。補足すると、イギリス・チェスター大学のマーク・デュフェット教授(メディア学)によると、ファンダムという言葉が最初に広まったのは19世紀末で、ラジオや映画館、新聞・雑誌など近代のメディアを通して大衆に浸透した音楽や映画、大衆小説などの分野で用いられたという。これらの文化現象はレコードの売り上げやライブ演奏の反応といったファンの動きが目に見えやすいことに加えて、従来のクラシック音楽や古典文学などの「高級文化」と区別された新興の文化だったことも重要だ。この当時から、下剋上的な価値観が胚胎していたことがわかる。

 (C)は、特に近年目立つようになったもので、ファンダムへの没入は、他人にどう見られるかを気にせず自己表現したいという欲求、あるいは、その反転として、他人にどう見られているかを意識して何かを応援したくなるといった欲求に基づく(後者は、例えばこれがいまトレンドだから…といったように)。(A)ともやや近いが、社会的な価値観と距離をとりながら、自分らしさをキープするという今っぽさを感じることができるだろう。

ファンダムと広告コミュニケーションとの相性

 SNSが現代の生活者にとってきわめて重要なタッチポイントになっている以上、SNS上で組織されるファンダムとどう協業するかは企業・ブランドにとっても切実な課題となる。
 一例として、マクドナルドがグローバル展開した、BTSとのコラボメニュー「The BTS Meal」を挙げよう。この起用が大ハマりし世界的に大ヒットを記録。フード業界においてもファンダムマーケティングは重要性を増していることが証明された。
 BTSのファンダムはARMYと呼ばれるが、まさにこのARMYが商品の購入からそのSNS上での拡散まで重要な役割を果たした。推すことへの組織的な統制・ノウハウが秀でているため、世の中に大きなインパクトが生まれるのだ。

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McDonald's BTS Meal(Official, 2021)

 一点、余談となるが、この施策は日本では未展開である。同時期、日本では中高年を中心に国内の知名度が抜群なタレントを起用したプロモーション施策を行っていたためだが、一部で物議をかもした。同様のケースとして、マクドナルドの2023年のプロモーションでは韓国発の新進グローバルアイコン「NewJeans」を起用したが、これも日本では別展開となったことがSNS上で論争のテーマとなった。
 フード業界はもちろん、単価の高いラグジュアリーファッションにおいてもファンダム効果は抜群で、アイドルやセレブリティが着用するとファンダムが同アイテムを購入するため、着実な売り上げが見込めるという。だからこそ、ハイブランドはこぞってK-POPスターをブランドアンバサダーに起用するのだ。

 日本でもアイドルのファンダムによるマーケティング効果は同様であるし、コンテンツへのファンダムという面では、2022年の各種ヒット番付で上位に入った「ちいかわ」は、SNS上で人気を獲得し、様々なブランド・商品とのコラボレーションを果たしてヒットに貢献したことも記憶に新しい。

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ファミリーマート「ちいかわ」コラボキャンペーン配布待ち受け画像(2022)

ファンダムの光と闇

 ただし、先述したようにファンダムには一定の危うさも潜む。前『WIRED』編集長の若林恵氏が指摘するように、ファンは合理的な経済主体ではなく、何かに非合理的にコミットしてしまう存在であり、その背後には孤独や脆さといったある種の弱さが見え隠れする。企業のマーケターはファンを組織化して合理的に活用しようと考えるが、その企ては多くの場合すれ違いに終わる可能性が高いと論じる。ファンダムの熱量が高ければ高いほど、企業・ブランドはその組み方がファンダムの趣向性に沿っているかどうか、センシティブにならなければならない。

 実際、BTSのARMYはポジティブな「推し活」に興じる場合も多いが、自分達が納得できないことや不条理な出来事に対しては毅然と主張する。SNSでの発信に加えて、韓国では屋外広告にポストイットでメッセージを発信する(いわゆるレノン・ウォールと呼ばれる手法)など、ファンダムは芸能事務所やコラボレーションする企業が相手であっても物怖じしない。自分たちが応援する対象が正しく尊敬できるということが、ファンの自己承認欲求の実現につながっているためだ。

 そうした、いわばファンダムの光と闇を描いた作品が増えている。YOASOBIの主題歌「アイドル」とともにグローバルヒットした『推しの子』はまさにアイドルとそれをめぐる人間模様がテーマとなっているし、さらに踏み込んだ作品としては、Amazonプライム等で配信され話題化した『キラー・ビー』などを挙げることができる。作中で明かされているように、『キラー・ビー』はBeyoncéとそのファンダムの間に起こった実話をベースにしており、過激化し有害化してしまった「トキシック(Toxic)ファンダム」のあり方について問題提起している。

 ファンダムの光と闇という二面性を深く理解することは、既に現代の生活者心理を考えるための必須の要件になっているのだ。

<参考文献・引用文献>

天野 彬(あまの・あきら)

電通メディアイノベーションラボ 主任研究員


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1986年生まれ。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。若年層の消費行動やSNSのトレンドに関する研究・コンサルティングを専門とする。近著に『新世代のビジネスはスマホの中から生まれる―ショートムービー時代のSNSマーケティング―』。その他、『シェアしたがる心理』、『SNS変遷史』、『情報メディア白書』(共著)、『広告白書』(共著)等。明治学院大学非常勤講師。セミナー登壇やメディア出演の経験多数。