「PMF (Product-Market-Fit)」

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PMF(プロダクトマーケットフィット)とは、あるプロダクト(製品やサービス)が的確な市場に存在している状態を指す。PMFが実現されていれば、顧客のニーズが満たされ、継続的な事業成長が可能となる。

PMFの定義

 今回のテーマ「PMF」はプロダクトマーケットフィット[Product Market Fit]の頭字語で、プロダクト(製品やサービス)がしっかり顧客のニーズに合うよう作られており、あるべきマーケットにフィットしている状態を指している。より具体的にPMFの状況を記述すると、以下のようになる。

  • 特別な販促を行わなくても問い合わせや受注が途切れることなく継続する
  • サーバー増強や採用増など、予算をいくら使っても利益が継続的に出る
  • 顧客満足度が高く、自然に良い口コミ(ポジティブなUGC)が生まれる

 反対にPMFが実現されていない状況については、上記の逆の状況を想定してもらえばいいだろう。問い合わせが来ない、予算を使えば使うほど赤字になってしまう、満足度も継続率も低いままで良い口コミも見当たらない、といったように。
 そもそもPMFという概念は、ベンチャーキャピタルがその投資の実践の中から生みだしたものだ。Andy Rachleff氏が唱え、Andreessen Horowitzといった著名なベンチャーキャピタルなどが議論を盛り上げたことによって、世界中のスタートアップに浸透していった。

 新しいプロダクト(事業)を開発しても上手くいかずに撤退してしまう場合、実はその一番の理由は「市場が存在しなかったから」だといわれている。スタートアップの撤退要因を調べた「The Top 20 Reasons Startups Fail」(CB Insights)によると、その割合は42%にのぼる。資金繰りやチーム組成といったオペレーションの巧拙や類似プロダクトを提供する競合との戦いといったよくある事由以前に、そもそもそこには“顧客ニーズがなかった”わけだ。

 当然、PMFしていなければ、プロモーションアイデアがどれだけクリエイティブなものであろうと、また豪華なウェブサイトをつくって精確な広告運用でコンバージョンを図る仕組みが出来ていたとしても、コンバージョンにつながることはない。
 PMFは新規事業開発の領域で最近よく言及されるようになったキーワードではあるものの、広告・プロモーションにとどまらず、より上流の仕事を担うようになっている広告業界にとって押さえておくべき概念だと考えられる。

広告業界のトランスフォーメーションの関連性

 今回取り上げる背景についても少し深掘りしておこう。
 Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグ氏は「広告費というのは、企業がつまらないサービスやプロダクトをつくったことに対する罰金である」とかつて述べたとされる。筆者はこの発言は一面しか正しくないと考えているが、Web2.0以降、良いプロダクトさえ開発できれば「広告はいらない」「むしろ広告を打つのはダサい」といった考え方が広まってしまったのも事実ではある。そうした思潮とPMFの考え方が通底するところは確実にあると思われる。

 もちろん、魅力的なサービスやプロダクトであれば、その商材が置かれた競争環境や成長フェーズ如何によっては、広告・プロモーションは「罰金」ではなく、重要な戦略的打ち手となる。現に、2022年の「日本の広告費」(電通調べ)は7兆1,021億円となり、1947年に推計を開始して以降の最高値を記録しており、多くの人々の肌感とは逆に、いまは広告の黄金期ともいえる。
 とはいえ、広告コミュニケーション産業の今後のあるべき方向性として、クライアントやパートナーの事業成長を共創的に築き上げていくという姿勢は、おおむねこの業界のコンセンサスになっている。

 実際に、9月8日付で掲載された英キャンペーン誌による電通グループの五十嵐博CEOへのインタビュー記事によれば、「電通は、2020年代半ばまでに売上の50%をカスタマートランスフォーメーションとテクノロジー(CT&T)で、そして残りをメディアとクリエイティブで稼ぎたいと考えている」。数年内に、伝統的な広告領域の売上は半分まで縮小することが予想されている―つまり、より上流のマーケティング領域でバリューを発揮できるかどうかが問われている。

PMFのステップと指標の考え方

 例えば、あなたが「こんな新規事業をやってみたい」と考えたとき、そのアイデアがPMFに至るまでのステップは以下のような流れをたどる。

  • 1.その顧客課題は本当に存在するか
    顧客インタビューやPoCでの課題探索を通じて検証
  • 2.その課題を解決する方法・手段はどんなものか
    MVPの作成、営業活動を通じたフィードバック
  • 3.その解決策はプロダクトとして実装できるか
    プロトタイプの作成と検証
  • 4.実装した場合、市場に受け入れられるか
    NPSやショーン・エリステストを通じた検証
  • 5.スケール可能な状態か
    売上・受注数・ユーザー数といった指標の成長率、ユニットエコノミクスの検証とチャネル開発

 序盤はいわば社会・生活者のインサイトの発見力がものを言う。中盤はアイデアの検証・プロトタイピングというクリエイティビティが試される。そして、後半はよりマーケティング視点、戦略コンサルティング視点での検証が必要となるだろう。
 全てとまではいかないにせよ、広告業界に身を置く者としてなじみのあるスキルが生かされていると感じないだろうか。顧客に向き合うという広告・プロモーションのプランニングの根幹は同じであるからだ。

 なお、実装後の検証指標として、NPSやショーン・エリステストが比較的初期に有用なものと位置付けられる。ショーン・エリステストは「このプロダクトが使えなくなったらどう思うか?」を尋ね、「とても残念」「まあ残念」「あまり残念ではない」「無回答(もう使っていないを含む)」の4段階で回答してもらうアンケートだ。このとき、「とても残念」の回答数が全体の4割を超えていればPMFしていると判断することができる。

 一方で、事業が立ち上がり、ある程度PMFが達成された状態で、よりスケールすることが可能かどうかを判定する場合の検証指標として、売上・受注数・ユーザー数といった指標の成長率やユニットエコノミクスが有用である。ユニットエコノミクスは顧客生涯価値を顧客獲得コストで割った計算式で求めることができる値だが、一般的には3以上が望ましいとされている。

ケーススタディー/サイカ「マゼラン」

 栗原康太氏はPMFに成功した国内事例をいくつか紹介しているが(栗原 2022)、その中で今回はサイカ社の「マゼラン」をケーススタディーとして取り上げたい。マゼランはいわゆるオンオフ統合分析を可能とするマーケティングソリューションで、施策の効果を可視化し、最適な予算配分やROIの向上をサポートするものだ。多くの広告会社・マーケティング支援会社を中心に活用されている。

https://xica.net/action/magellan-200users/

 端的にまとめると、はじめはオンライン広告を出稿するベンチャーやSMB(Small and Medium Business:中小企業)向けにサービス展開を行っており、順調に売り上げは上がっていたものの、徐々にリテンション(継続)に問題が生じ始めたという。
 そこで、解約した企業に対してチャーン(解約)インタビューを実施し、顧客理解を深め直したところ、「新しいもの好きなベンチャー・SMB(中小企業)のマーケターに手離れよく使ってもらうSaaSサービス」ではなく、「エンタープライズ企業向けに、担当者をしっかりサポートする伴走型のサービス」にシフトする道が検討の俎上に載った。そして、実際に路線変更したところ、チャーン率が下がりPMFを実現した手ごたえが得られたとのこと。

 このケーススタディーからもわかるように、PMFはProductとMarketのFitを実現するために、双方を解像度高く把握しながら、常に齟齬が生じないよう調整し続けることが不可欠となるのだ。

<参考文献・引用文献>

天野 彬(あまの・あきら)

電通メディアイノベーションラボ 主任研究員


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1986年生まれ。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。若年層の消費行動やSNSのトレンドに関する研究・コンサルティングを専門とする。近著に『新世代のビジネスはスマホの中から生まれる―ショートムービー時代のSNSマーケティング―』。その他、『シェアしたがる心理』、『SNS変遷史』、『情報メディア白書』(共著)、『広告白書』(共著)等。明治学院大学非常勤講師。セミナー登壇やメディア出演の経験多数。