「VUCA」

社会や経済情勢を表す際に用いられるVUCAは、先行きが不透明で将来の予測が困難な状態であることを示しています。ADKマーケティング・ソリューションズの江澤桃子さんが詳しく解説します。
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VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った略称のこと。近年の世の中を端的に表すキードとして利用され、先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態であることを示す。

 VUCAの概念は、1990年代に軍事用語として生まれた。従来の戦争では、国同士の対立であり、ピラミッド型の組織でトップダウンの指示が出されていた。しかし、1990年代のソビエト連邦崩壊以降、指示系統が曖昧なテロ組織との戦争が増加し、従来の対立構造や指示系統が複雑化した。

 そのような軍事戦略の複雑化を表す言葉として、ウォーレン・ベニスとバート・ナナスが「リーダーシップ理論」で提唱した、VUCAという言葉が広く使われ始めた。。

 その後、COVID-19パンデミックやデジタル化の加速により、ビジネス環境が複雑化・スピード化したことで、ビジネス用語としてもVUCAが使われるようになった。特に、2016年の世界経済フォーラム(ダボス会議)で「VUCAワールド」という言葉が使われたことによって、VUCAという言葉が世界中で認識された。

 具体的に、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)が示す事象の例として、以下のような例が挙げられる。

 Volatility(変動性):市場、経済状況、顧客の予測不可能な変化が起きること。自然災害でサプライヤーが操業停止することによる価格変動等、急速な変化が起こることで発生する。

 Uncertainty(不確実性):予測困難な将来の出来事や結果が生じ、長期的な計画が困難になること。国民投票による英国のEU離脱等、原因と発生する事象が分かっているが、結果がわからない場合に発生する。

 Complexity(複雑性):環境に影響を与える多様な要因が存在し、相互関連性が高いこと。複数のステークホルダーを持つビジネス等、ひとつの事象に対し多数の変数がある際に発生する。

 Ambiguity(曖昧性):情報が不明確、または矛盾しており、様々な解釈が可能になること。規制定義のない新興市場への参入等、過去に前例がないことを検討・推進する際に、不確定性が生じることで発生する。

 VUCA時代を顕著に示す例として、COVID-19パンデミック時の対応が挙げられる。

 例えば、民泊仲介サイト「Airbnb」(エアビーアンドビー)では、COVID-19により約80%の予約がキャンセルされた。
 この事象は、COVID-19による急速な状況変化や予測の困難さから発生した。よって、VUCAの文脈においては、Volatility(変動性)およびUncertainty(不確実性)に該当する事象だと考えることができる。

 COVID-19による業績悪化を受け、創業者のブライアン・チェスキー氏は同社の方針を徹底的に見直し、Airbnbのブランドマーケティングを重視する戦略へと転換した。
 まずは、Airbnbの資産として「宿泊施設のホスト」がいることに着目。ホストがゲストに提供する宿泊体験の価値を強調し、消費者が、世界中の様々な文化を体験できることをアピールした。

 さらに、コロナにより車移動が増えたことで、移動距離が狭まり、郊外で宿泊する人が増加したことに着目。目的地ではなく、ビーチサイド、キャンプ及び歴史的名所等の様々なテーマに基づき施設を検索できる「宿泊施設タイプ」検索機能の提供や、従来の旅行スタイルからリモートワーカー向けの長期滞在向けの施策に注力した。
 中核機能の見直し・改善に加え、予約体験の最適化を目指す等、既存ユーザーのエクスペリエンス向上に注力した。

 結果として、Airbnbは、2022年にCOVID-19前以上の予約数を獲得した。

airbnbは場所ではなく、宿泊先での体験をアピール(出典元:airbnb公式YouTube)

 また、COVID-19に限らず、Complexity(複雑性)やAmbiguity(曖昧性)由来の、多様で流動的な顧客ニーズもVUCA時代の特徴だと考えることができる。左記に対応するため、新たなビジネスモデルや、マーケティングモデルを創造する企業も存在する。

 例えば、音楽配信大手「Sportify」(スポティファイ)は、急速に変化する音楽消費行動の変化に対応するため、「Sportifyモデル」という、アジャイル開発に適した組織環境でサービス開発を実施。従来のトップダウン形式の組織モデルではなく、プロジェクトや活動目的ごとに社員を小規模グループ(Squads、Tribes、Chapter及びGuild等)に所属させ、自己組織化を促すモデルを構築した。

 Sportifyモデルに携わったHenrik Knibergは、自身のブログでsportifyモデルは汎用的なフレームワークやモデルではないと述べている。また、同社のホワイトペーパーにおいても、「この記事は、私たちの現在の働き方のスナップショットに過ぎません。これは進行中の旅であり、完了した旅ではありません。この記事を読む頃には、状況はすでに変化しているでしょう」と記されていることから、日々状況に応じて柔軟に組織体が変化していることが示唆されている。

 柔軟な組織形態や企業風土に加え、Spotifyでは、AIと機械学習を活用したパーソナライズ機能やUI・UXを開発し、膨大な数の顧客ニーズに迅速に応えている。

 その結果、様々なアーティストや曲を横断できるプレイリスト機能等、多様でユニークな機能、UI及びUXが生まれ、2024年には有料会員数が約11%(約2億6,300万人)増加し、月間アクティブユーザー数も12%拡大。音楽ストリーミングサービス業界において全世界ユーザー数第1位を獲得している。

2019年時点でのSportifyモデル(出典元:Henrik Kniberg Youtube)

 VUCAの時代を生き抜いた企業の事例からわかる通り、VUCAの時代において企業価値を高めるためには、不確実性の高い環境下での迅速な対応と、環境や状況が変わっても製品やサービスのファンであり続けるロイヤル層の育成が鍵となる。
 そのためには、以下の3つのポイントが重要である。

 ① 変化の激しい生活者の行動や意識データ、世の中のニーズを迅速に把握すること

 ② 企業が発信・実行してきた企業理念や、自社製品・サービスが世の中に与えている価値にマッチする分野やソリューションを見つけること

 ③ 獲得した顧客の離脱を防ぐために、ロイヤルティーを醸成すること

 これらを実行することで、VUCAの時代において企業価値を高めることができると考える。

江澤 桃子(えざわ・ももこ)

ADKマーケティング・ソリューションズ
エクスペリエンス・デザイン本部 BXデザイン局 alphabox CXコンサルタント


江澤 桃子さん2

2019年 総合コンサルティング・ファームに入社。戦略・M&A部門に所属し、新規事業立案支援等の経験を積んだ後、alphaboxに転職。生活者インサイトや市場調査に基づくマーケティング戦略の策定やプランニングに携わる。現在は趣味、興味、価値観などを共有する特定のコミュニティに寄り添い、そのコミュニティの活動や発展をサポートすることで、ブランド価値を高めるマーケティング(界隈マーケティング)等に従事。

〈参考文献・引用文献〉

新語時事用語辞典「VUCA」

野村総合研究所「用語解説 VUCA Volatility Uncertainty Complexity Ambiguity」

HARVARD BUSINESS REVIEW「What VUCA Really Means for You」

Munich Business School「VUCA SIMPLY EXPLAINED」

Medium「Airbnb’s Remarkable Comeback: How They Transformed Their Business and Surpassed Pre-Pandemic Booking Levels」(2023/11/20)

Henrik Kniberg & Anders Ivarsson「Scaling Agile @ Spotify with Tribes, Squads, Chapters & Guilds」(2012/10)

Henrik Kniberg「No, I didn’t invent the Spotify model」(2015/6/7)

Alex Zhezherau Product Director, Wrike「Understanding Squads, Tribes, and Guilds」(2025/4/14)

Fabio Duarte「Music Streaming Services Stats (2025)」(2025/4/24)

Musicman「Spotify、初の通期黒字 値上げと有料会員増が貢献」(2025/2/13)

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