新聞広告は「正面玄関」
企業のパーパスを伝えるのに最も適したメディア

 近年世界的な広告賞において、パーパスのあるキャンペーンが評価される傾向が続いています。この潮流を「流行というより前提になる」と見るのは国内外で活躍するTBWA\HAKUHODO クリエイティブディレクターの細田高広氏。数多くのグローバルブランドにおいてクリエイティブの全体統括を務める細田氏に、世界的な広告の潮流、その中での新聞広告の位置づけについてお話を聞きました。

パーパスを伝える企業が生活者から選ばれる時代

──世界的な広告賞の受賞作を見ていても、パーパス、企業の存在意義を伝えるメッセージが増えているように感じます。背景に何があるのでしょうか。

 近年、企業の力が強くなったということが理由の一つとして挙げられると思います。小さな国家に匹敵する経済力を一企業が持つ時代です。人々は教育機会の提供や環境問題への取り組みなど、公共的な役割をも企業に期待するようになりました。こうした潮流を「Branded Government」という言葉で表現することがあります。企業は社会に対する公約を明確にしなくてはなりません。大きな力を持つブランドほど、そのプレッシャーを感じているはずです。

──以前からブランドの姿勢を伝える「企業広告」は存在しましたが、製品の特長をうたった広告に比べると企業利益につながりにくいイメージがありました。

 企業広告はセールスにつながらない、という考えは過去のものです。「理念」が「利益」につながる時代になってきていていると感じます。背景にあるのは生活者の意識変化です。生活者は、商品を買うことで企業への賛同を示そうとしています。BUYからVOTEへ。消費行動は投票行動に近しい意味を持ち始めたのです。同じような品質ならば、少しでも世界を良くしてくれるブランドを選びたいものですよね。企業は自分たちのブランドがなぜ存在するのか、自分たちの商品がどのように世の中を良くするのか、きちんと語れないと、生活者から選ばれません。こうした流れが企業広告に新しい役割を与えています。

──この流れはこれからも続いていくとお考えですか?

 世界はもちろん、日本でも続いていくと考えています。これからの時代はパーパスを持つことが「前提」になるのではないでしょうか。ただし、パーパスを明確化することは、必ずしも、真面目な企業広告をつくることを意味しません。確かにこれまでの広告表現は真摯に取り組みを伝えるものが主流でしたが、これからはパーパスをチャーミングに伝えたり、鮮やかな手口で魅了したり、ユーモラスに訴えかけるなど、楽しくて驚きのある表現がどんどん生まれていくと思います。

時代の流れに逆行した部分に新聞広告の価値がある

──パーパスという概念が定着すると、広告はどう変わるでしょうか?

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細田氏

 広告コミュニケーションは「遠心力」をつくるか「求心力」をつくるか、大きく2つに分類できます。まず、遠心力というのは情報が広がっていく力です。たとえばジュースを飲みながら踊っている動画がSNSバイラルし、そのジュースが爆発的に売れるといった現象がありますね。こうした遠心力をつくるためには、ユーザーが注目していることや、ネットの流行(ミーム)などに合わせて広告をつくる必要があります。一方の「求心力」とは、ブランドが態度や思想を語ることで人々を惹きつける力のことです。相手に擦り寄るのではなく、ブランドの本質を丁寧に伝え、共感してもらうことで生み出されます。
 SNSが生活に浸透して以降、マーケティングや広告に携わる人は「どれだけ拡散されられるか」に注力し始め、話題が広がった事例を「成功したコミュニケーション」として捉えるようになりました。遠心力をつくることばかりに気をとられて、ブランドの「らしさ」や「思想」は後回しにしていたのです。
 その反動としてパーパスが注目され、定着するということは「求心力」をつくる作業の大切さが見直されるということに他なりません。今後は、どちらかに偏るのではなく、2つの力がより上手に活用されていくのではないでしょうか。

──遠心力を発揮しやすいメディアがSNSとすると、求心力と相性がいいのはどのメディアでしょうか?

 この点において、新聞の存在意義はとても大きいと思います。新聞は「求心力」メディアと言えるでしょう。実際、若いクリエイティブディレクターが、キャンペーン設計の中心に新聞を持ってくるケースが増えています。ブランドの「正面玄関」を新聞でつくりたいと考えているのです。テレビでは15秒や30秒といった短い尺で完結に伝えることを考えます。モバイルでは思わず指を止めるアテンションを設計しなくてはいけません。では、ブランドがいちばん伝えたいメッセージを十分に伝えきる場所はどこなのか。それにはいま、新聞が最もふさわしい場所です。
 あくまで一般論としてですが、ブランドが大きく変わるときなどは、新聞などで正面玄関を設計した上で、SNS上で広がっていくコンテンツをミックスしながら全体を設計すると、日本では世代や属性へのリーチも含めてバランスのいいキャンペーンになります。いまの時代、遠心力で広げていくことに向いたメディアはたくさんありますが、ブランドの「正面玄関」になり得るメディアとなると、新聞以外では思いつきませんね。

──なぜ新聞は「正面玄関」になれるのでしょうか。

 読者の情報に対する接し方が他とは異なるからではないでしょうか。たとえばネットニュースのことは「見る」と表現しますよね。けれど新聞を「見る」とは言いません。新聞はあくまで「読む」メディアです。この「見る」と「読む」の違いが、情報の接触深度に影響します。見るメディアより、読むメディアの方が深く届くものです。ブランドにとっては広く認知を獲得することも大切ですが、深くブランドを理解してくれる人を一定数育てることも欠かせません。
 新聞というメディアには、ジャーナリズムに裏打ちされた「正当性」があります。政治、経済、文化といった切り口が織りなす文脈、つまり「社会性」があります。そして何より読者の「知性」を信頼する場です。これら3つの要素がブランドの「正面玄関」としての役割を担保していると考えられます。

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──その他、新聞広告の価値や強みについて感じていることをお聞かせください。

 新聞広告の価値は、広告業界の「トレンド」に対するアンチテーゼにあると考えています。先ほどお話しした「遠心力(拡散力)」に対する、「求心力」が代表的なひとつ目の価値でしょう。
 2つ目に挙げたいのは「公共化」です。広告はいまデジタルメディアを中心に「個別化(パーソナライズ化)」が進んでいます。ひとりひとりの行動を分析して、ひとりひとりにあった広告を届けるというものです。ECサイトのおすすめ機能はその象徴ですよね。無駄なく購入へ導くものが「効果のある広告」として評価されているのです。確かに効率は大切です。こうした流れを否定するつもりはありません。ただし、それだけでは「ブランド」をつくることは難しいでしょう。ブランドは社会的信用で成り立っている側面もあります。個別化とは反対に“公共化”することも必要なのです。
 3点目は「人間性」です。かつて新聞広告について「広告が消えると、紙面から明るいニュースが消える」というキャッチコピーを書いたことがあります。紙面上には厳しく辛いニュースも少なくありません。しかし、広告だけは常にポジティブな時代変化を語ります。世の中を悪くしようと思って生まれる商品やサービスはありませんから。近年では広告をアルゴリズムに基づいて生成する自動化の流れが生まれています。効率性だけを考えたらAIには勝てません。しかし、逆境の中でも希望を見つけるという仕事は人間にしかできない仕事でしょう。
 ここ数年、元旦に掲載されたすべての新聞広告がまとめられて、SNSで回覧されるような習慣も生まれましたよね。公共の場で、企業が新年に何を希望として語るのか。新たな期待値が生まれ、注目されていることを感じます。

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プロジェクトは「問いを作り替える」ことから始める

──仕事との向き合い方で伺います。プロジェクトに取り組むとき、まず何からはじめますか。

 問いを疑い、場合によって、問いをつくり替えることから始めます。「リフレーミング」と呼ぶのですが、与えられたマーケティング課題に対して、その問いに意味があるのか、正しいことなのかを考え、より考える意味のある問いに置き換えてしまうのです。
 たとえば「担当商品のシェアを30%に拡大するには?」という問いが得意先から与えられるとします。この問いのまま答えを出そうとすると、「どこからシェアを奪うのか」という狭い範囲の競争的発想に追い込まれていく。こうなるとメディアの投資効率と論理だけの機械的な提案になります。創造力のレバレッジを効かせることができません。
 そこで例えば「商品がシェア30%を獲得したとき、世の中の人はどういうカタチで幸せになるのだろう」という、人を主役にした問いにすり替えるのです。すると、望ましい生活変化を伝え、多くの人の共感を得るアイデアが生まれてきます。共感は論理を超えた結果を導くでしょう。同じように「名詞」の問いを、「動詞」の問いに置き換えることもよくやる手口です。たとえば、クルマの広告では「新しいクルマ」ではなく、「移動する」ことの新しい意味を、スマホなら「スマホ」ではなく「誰かとつなががる」ことの現代的意味を問う。こうして問いの角度と精度を変えることで、新しい発想を引き出していくのです。

──著書の他、広告やコンセプトづくり、ストーリーテリングの講師として活躍するなど、人にメッセージを届ける機会が多い細田さんですが、若手クリエイターに伝えたいアドバイスがあればお願いします。

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 クリエイターと呼ばれる職種の中でも広告は特殊です。アーティストや作家は、自分の中にある伝えたいことや表現欲求からスタートします。自分だけの思想やエゴが創作には欠かせません。一方、広告制作は真逆で、相手の心から考えていくのです。最終的に、相手に伝わっていてほしいメッセージや感情はどのようなものか。それを達成するために、言葉や物語を逆算しながら書き、それをもとにビジュアルや映像をつくっていく。
 2022年の3月に、NTTドコモさんの「卒業生100万人の答辞」という動画コンテンツを制作しました。最初に答辞の文章を書いたのですが、このときも、実際の高校生にインタビューを重ね、高校生たちが何を言って欲しいのかを徹底的に考えました。高校生の言葉を掬い上げ、高校生のために文字を再編集する。フィルターのような役割です。お陰さまで卒業する学生たちから評判になりました。自分の存在が消えるような仕事が、いい仕事だと捉えています。
 とにかくメッセージの「受け手」の身になってつくることを意識して下さい。その上で、過去の広告や世界の広告事例に触れていくと、「こういうやり方があるのか」と驚きながら学ぶことができるはずです。

細田高広(ほそだ・たかひろ)

TBWA\HAKUHODO エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター


一橋大学社会学部卒業後、2005年博報堂入社。コピーライターとしてキャリアを始める。米国TBWACHIATDAYを経て、2012年からTBWAHAKUHODO所属。
最近の仕事に日産自動車「やっちゃえ日産」、NTTドコモ「あなたと世界を変えていく」「卒業生100万人の答辞」「あの恋をもう一度」、大塚製薬「つかむぞ、好調」などがある。これまでにカンヌ広告祭金賞、ACCグランプリ、クリエイター・オブ・ザ・イヤーほか受賞多数。著書に「未来は言葉でつくられる」(ダイヤモンド社)、「物語のある絶景」(文響社)、「解決は1行」(三才ブックス)など。