認知症と診断されても、自分らしさを大切にしながら暮らしていくために、正確で役立つ情報を紹介している「なかまぁる」。認知症に対する不安や恐怖、誤解を取り除くことを目指している。
そんな「なかまぁる」の特徴や情報発信の必要性、メディアから広がるビジネスの可能性を、編集長の松浦祐子に聞いた。
朝日新聞だからできる、第一線で活躍する認知症専門医や専門家への取材
――「なかまぁる」が創刊されたきっかけは何でしょうか。
松浦:2018年から2020年にかけて、朝日新聞の創刊140周年記念として、社内外でさまざまな記念事業が行われました。その中でも大きな取り組みの一つが、全社を挙げて実施した「認知症フレンドリープロジェクト」です。編集局や広告関係部門、朝日新聞厚生文化事業団などが連携し、全社的に認知症の啓発活動を行いました。
こうした活動を一時的なものとせず、継続的に啓発を続けるためのプラットフォームとして「なかまぁる」が創刊されました。創刊当初からWebのみの展開で、認知症に関する情報を広く発信する場としての役割を担っています。
――「なかまぁる」の強みや特色を教えてください。
松浦:「なかまぁる」の強みは、第一線で活躍する著名な認知症専門の医師や日本認知症ケア学会の方々などへの取材をもとに、最新の正しい情報を提供できることです。こうした取材ができるのは、朝日新聞のくらし報道部での取材の実績や、報道機関としての信頼感があるからこそだと自負しています。
また、認知症と診断されたご本人のコラムを積極的に掲載しています。ケアマネジャーや介護福祉士の方が描いた漫画やイラスト、エッセイを多く取り入れ、難しい内容を分かりやすく伝えることにも注力しています。
――「なかまぁる」のアクセス状況について教えてください。
松浦:2023年の平均では、月間で約85万ページビュー(PV)、32万ユニークユーザー(UU)でした。Facebookのフォロワーは約2万2千人。なかまぁるに記事を掲載した後、必ずFacebookにも投稿しています。
そのリアクションなどから、介護職や医療職の方々を中心に、非常に熱心に読んでいただいていると認識しています。
――読者の年代はどうでしょうか。
松浦:読者の年代はバランスが良く、30代から60代以上まで幅広い層に読まれています。ウェブメディアということもあり、30代、40代で全体の半分ほどを占めており、比較的若い世代にも受け入れられている特徴があります。50代、60代以上はそれぞれ2割前後を占めています。
認知症と診断されても自分らしく生きられる、まずは正しい知識を得ることから
――認知症に関する情報発信の課題は何でしょうか。
松浦:私たちが目指しているのは、正しい情報をお伝えして、認知症に対する恐怖心や誤解を取り除くことです。認知症の多様な症状や進行の段階について、理解を深めていただきたいと思っています。認知症というとアルツハイマーをイメージされる方は多いと思います。
しかし実際は、認知症には脳血管性認知症やレビー小体型認知症など70から100種類もの原因となる病気があり、進行の仕方もそれぞれ異なります。記憶は保持されているけれども感覚が鈍くなってくるなど、症状が重くなっていくまでにも、色々な経過があるんです。認知症と診断された途端に、判断能力がなくなるわけではありません。認知症になってもその人ならではの感性や感情は残っていて、絵画の才能を開花させたり、新たな仲間を得たりと、活発に活動されている方々もいらっしゃいます。
――そうなんですね。知らない人は多いと思います。
松浦:認知症をテーマにした小説やドラマ、映画などでは、若年性の認知症の方は10年くらいで亡くなるストーリーが多いのですが、最近は、決してそうとは限らないことがわかってきています。軽度認知障害(MCI)と呼ばれる認知症の早期の段階ではより活発に健康的に生活することで、もとに戻るという時期もあるんです。
しかし、正しい情報を知らないと、認知症と診断された途端ひどく落ち込んでふさぎこみ、症状をより悪化させることになってしまいます。
そうした状況からも、特に認知症の診断を受けた直後の方々には、認知症になっても、あなたらしく生きていけるということを伝えていきたいと思っています。
新聞社が運営する唯一の認知症メディア 官公庁とも連携
――「なかまぁる」と同様のコンセプトのメディアは他にもあるのでしょうか?
松浦:認知症に関連したビジネスを展開する企業が運営するオウンドメディアは、複数あります。ただ、純粋な報道機関で、認知症に特化して情報発信を行っているのは「なかまぁる」くらいだと思います。特に主要紙の中では、私が知る限りでは「なかまぁる」が唯一の存在です。
――過去のタイアップ事例について教えてください。
松浦:「なかまぁる」の強みの一つは、官公庁との連携です。2019年度から2022年度まで連続して、厚生労働省の認知症普及啓発事業を受注しました。自分らしく前向きに暮らしている認知症当事者の方々を紹介するWebサイトを制作したり、動画やポスターを制作したりするなど、同事業の情報発信を手がけました。
2025年に開催する日本国際博覧会(大阪・関西万博)では、厚生労働省による認知症に関する情報発信ブースの企画を「なかまぁる」が担当する予定です。
他にも、今年度からは、経済産業省の事業「オレンジイノベーションプロジェクト」で、日本総合研究所と連携して広報活動を担当しています。同プロジェクトは、認知症の方々の意見を取り入れた製品開発を支援する取り組みです。安心して使えるガスコンロや、着替えがしやすい洋服などが開発されていますが、それは認知症の方だけでなく、高齢者にとっても使いやすい製品になっているようです。
――9月が認知症月間として定められていると聞きましたが、特別な取り組みはありますか?
松浦:毎年9月は、国際アルツハイマー病協会が定めた「アルツハイマー月間」です。2024年1月1日、日本では「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が施行されました。この法律によって日本では、9月が正式に「認知症月間」となり、9月21日が「認知症の日」と定められました。
それに伴い、9月以降各地でさまざまな啓発活動が行われる予定です。官公庁や「認知症の人と家族の会」などでは「オレンジライトアップ」と呼ばれる取り組みを例年実施しています。認知症のイメージカラーのオレンジ色で窓や建物をライトアップするのです。今年は、なかまぁるも、グループ企業の熊本朝日放送や社内の認知症フレンドリー事業と連携して、熊本県の認知症普及啓発事業での講演会や映画上映会の企画運営などに取り組むことになっています。
――今後の展望についてお聞かせください。
松浦:「なかまぁる」は、朝日新聞の創刊140周年記念事業としてスタートしましたが、認知症基本法が制定されたことを契機に、再び全社を挙げて認知症の啓発に取り組む体制を整えたいと考えています。認知症について社会全体で考える機会を提供し、認知症とともにある社会を実現するための取り組みを進めていきたいと思っています。
【プロフィール】
松浦祐子(まつうら・ゆうこ)
1999年朝日新聞社入社。医療・介護の現場のほか、厚生労働省や財務省などの官庁、製薬企業の担当として、社会保障について取材。関心事は、地域包括ケアとまちづくり。東京・神楽坂のまちづくりにも関わる。好きな場所は、美術館とおいしいコーヒーの香りが漂う喫茶店。