金融・社会課題に真正面から取り組み、新たな資金循環を創り上げる

 今年4月に社長に就任した大山一也氏。「経済的価値創出と社会的価値創出の両立」という経営方針に込めた思いや、「人生100年時代」に向けた取り組み、ESGファイナンスの今後などについて語ってくれた。

──低金利など厳しい経営環境が続く中、信託銀行の可能性について、お聞かせください。

大山氏

 少子高齢化の進展、気候変動リスクの高まり、デジタル化等、経済・社会構造が大きく変わる「時代の転換期」を迎えています。これが、コロナというパンデミックで一挙に時間を早回ししています。
 そのような中、多彩な機能を活用して総合的な解決策を提供できる当社に対する期待は、一段と高まっていると実感しています。

 翻って見れば、信託銀行は、第1次世界大戦をきっかけとする好景気に伴い、財産管理、運用のニーズの高まりという社会課題を解決するために設立されました。その後も1950年代の貸付信託、1960年代の年金信託等、当社の歴史は、時代の要請に応じて進化し続けながら新たなビジネスに果敢に挑戦し、我が国の発展に貢献してきた挑戦と開拓の歴史です。
 社長就任の記者会見以来、「今、時流は明らかに我々にあります」とコメントしているのはこういう背景があります。社会における価値観の多様化や、不確実性が増大する中、我々が果たすべき社会的役割はますます広がっています。
 我々の力を、思う存分発揮出来る、やりがいのある時代を迎えたと考えています。

──「人生100年時代」をキーワードに商品やサービスを展開されています。高齢化社会における信託銀行ならではのソリューションについてお聞かせください。

 資金の好循環を創り上げるうえでの構造問題は、個人の資金が現預金に留まり、停滞して動かないことですが、この原因のひとつは、年金問題をはじめとする将来への漠然とした不安です。
 公的年金の守備範囲の縮小は、社会保障の安定化と財源確保の観点からも我が国の喫緊の課題ですが、セーフティネットの低下は、国民の将来生活に対する不安を増進し、慎重な経済活動を助長します。低成長経済の中で着実に進展する少子高齢化への不安が、家計の貯蓄性向を高める誘引となり、経済成長を阻む悪循環となっています。
 まずは、将来の不安に対して「安心と安全」を提供し、「投資」出来る環境を創り出さないと資金は動き始めません。人生100年時代という人類が未だ経験したことのない時代を目の当たりして、より個人の不安は高まっています。

 高齢者に対しては、将来の認知症や健康の不安に備えた資産管理サービスと、次世代へのスムーズな資産承継サービスという「安心・安全」を提供することが必要です。そして、高齢者のみならず、もっと若い年齢層に対しても、老後のための資産形成サポートにも注力しています。
 資産を増やすニーズがなくなった高齢者が認知症や相続への不安を抱えたままですと、資産運用を手仕舞い、現預金に資金をシフトしてしまいがちです。こうして、投資も消費もされない資金が高齢者の現預金として積みあがる「資金の高齢化」に対処しないと、資産形成層の「貯蓄から資産形成」を進めても、資金の好循環は実現しません。
 人生100年時代に備えた資産管理・承継サービスにより、老後の安心・安全を提供することで、家計の過剰節約・過剰貯蓄を回避し、家計の投資・消費能力を向上させるとともに、人生100年時代を見据えた、投資運用コンサルで、家計の長期的リスク投資を促進し、国民の長期資産形成に貢献することが資金の好循環を実現するポイントだと考えています。

──政策保有株の削減方針を公表されました。その背景や主旨、今後どのように進めていくのかについてお聞かせください。

 自己資本に対して政策保有株式の保有割合が高いという当社自身の財務的問題を契機としていますが、これも「資金・資産・資本の好循環」を実現するための施策の一つです。政策保有株式の問題は、コーポレートガバナンスの観点からの要請もありますが、資金や資本の有効活用という観点からも、資金の好循環を阻害する要因であることは否定出来ません。
 企業によって、おかれた環境や課題は様々です。一方的に売却を進めることはありません。まずは、しっかりと対話を進めていきます。その対話の中で、我々自身も、政策株式に代わるお取引先へのコミットメント、リスクテイク、ソリューションを確立していく必要があると思っています。

 元々、「日本版ビックバン」において、1998年に投資信託の銀行窓口販売が解禁された狙いには、バブル崩壊による政策保有株式の下落で銀行の自己資本が毀損し、金融仲介能力を低下させた反省に鑑み、銀行の政策保有株式を削減するとともに、銀行預金に過度に偏っている個人金融資産をリスク商品にも分散させ、銀行の政策株式の受け皿を家計に求めるという本質的な意味がありました。
 しかしながら、銀行は新たな収益源という観点に囚われ、資金の好循環を創り出すという期待された役割を果たせず、時に回転売買を指摘されることもありました。この課題に対して今一度、真正面から取り組み、資金の好循環を実現したいと考えています。

──ESGファイナンス(PIF、インパクト評価等)の取り組みの意義について。TBFの存在・役割についてお聞かせください。

 資金循環における我が国の構造問題は、家計・企業・政府の三者間で奇妙な停滞均衡が成立していることです。この停滞から脱却するためには、皆が一斉に動き出す状況を作り出すことが必要ですが、今、その大きな機会が到来しています。それは、脱炭素社会の実現です。
 脱炭素社会の実現に要する産業界の資金は巨額です。それは同時に低金利で運用難に苦しむ投資家、老後に向けた資産形成ニーズが高まってきた家計に投資機会を提供することに繋がります。

 我が国の金融の構造問題は、資金が現預金で留まり、投資に向かわないことにあります。そもそも、環境や社会課題の解決には、巨額な資金が必要ですが、公的セクターだけではまかないきれないため、民間資金の導入を図り、この資金の効率的な配分は、産業界全体をカバーする金融機関に任せようというのが「サステナブル金融」の基本的な考え方です。
 脱炭素社会に向けて、資金の好循環を実現する最大のポイントは、産業界の巨額の設備投資ニーズと、投資家の運用ニーズを如何にして結び付けるかに掛かっています。この資金の効率的な配分の起点となるのが、「インパクト評価」です。
 水素や電池関連等の特許を有する博士クラスの技術の専門家を採用し、科学的根拠に基づいたテクノロジーベースのインパクト評価に注力しています。様々な産業セクターにおけるインパクト評価のフレームワークを確立し、産業界の資金ニーズと世界のESGマネーを結び付けていきたいと考えています。

──今年4月に代表取締役社長に就任されました。経営の糧となった職務経験についてお聞かせください。

 1999年から2013年まで14年間、経営企画部に籍をおいていました。1999年、公的資金が大手行に一斉に注入され、体力のある都市銀行を中心に金融再編が巻き起こります。
 その時から、私には一つの思い、夢がありました。それは、信託銀行が大同団結し、信託銀行を中心とした金融グループを創り上げることです。そして、我が国の永年の金融課題である「貯蓄から投資」「貯蓄から資産形成」で中核的役割を果たすことが、信託銀行の社会的使命であり、我々世代が背負う「未来への責任」ではないかという「思い」です。
 そして、2011年、中央三井と住友信託が経営統合をすることとなり、私の夢は1つ実現しましたが、我が国の金融課題への取組は未だ道半ばの状況です。

 現中期経営計画の中心テーマは、「我が国の社会課題に真正面から取り組む」。そしてそれによって、社会的価値・経済的価値双方を産み出すということです。新マネジメント体制として目指す姿である「企業価値の向上と収益の果実を家計にもたらす資金・資産・資本の好循環」を創り上げることに、尽力し、我が国の持続的成長に貢献したいと思っています。

──10年後、信託銀行はどのような姿になっていると考えますか。

 信託には多彩な機能がありますが、私は、その中でも「時間転換機能」に着目しています。それは、自分がいなくなった後にも想いや志を、お客さまの代わりに実現する力です。遺言信託や年金信託がその機能を活用したものです。
 信託には未来を開く機能があります。裏返して言うと、そうした機能を有しているが故に、常に将来世代のことを考え、将来世代のために行動する「未来への責任」を背負っているとも言えます。
 私は昭和63年入社で昭和最後の入社世代です。会社生活の大半を過ごしてきた平成時代を「失われた30年」と総括されるだけの時代にしたくはありません。今回の中期経営計画のテーマを「我が国の金融・社会課題に真正面から取り組む」としたことは、そうした「未来への責任を果す」、「将来世代に先送りせずに、我々世代が決着をつける」という経営の覚悟を表明したものです。
 時代が、我が国の新たな資金循環を創り上げる金融機関を求めています。

 また、信託銀行の理念や機能に立ち返ると、この課題に取り組むことこそ、我々の歴史的使命であり、社会的使命であると言えます。我が国の資金の好循環を実現されれば、国民経済の持続的成長に繋がり、ひいては当社の持続的・安定的成長にも繋がることになります。
 「我が国の金融・社会課題に真正面から取り組み、10年後の未来から選ばれる企業」、それが私が思い描く「SDGs時代のThe Trust Bank」の姿です。

──今も心に残っている職務経験や、リーダーを務めるうえで糧になっているご経験について、お聞かせください。

 昨年の中期経営計画策定時、中堅層と議論した際、「現在の我々のお客さまへのサービス提供は他行に負けない自信があるが、人員数、店舗数、顧客数といった規模の劣後に漠然とした不安を感じる」という意見が多かったのがとても印象的でした。色々と施策を繰り出してきたけれども、結局は、「規模の劣後」という漠然とした不安から逃れられないのか、なんとかこの不安を払拭できないか、という思いを強くしました。
 「規模の劣後」という固定観念で、自らの領域を狭く設定し、自縄自縛の閉塞感に囚われている社員もいるのではないか。規模が業界序列を決定づけるという、従来型銀行セクターの文化的拘束から、皆を解放し、より大きく広がっていく世界を見せたい。それが私の思いであり、今、その世界を社員に見せるのがトップの責務ではないかと考えています。

──リーダー信条について、お聞かせください。

 リーダーとしての信条は、「チームで勝つ」ということです。人間は、一人で出来ることは限られています。他人に共感する力、協力しあう力が、ホモサピエンスの最大の力であり、進化の源泉です。
 また、「1つの目的に向かって皆で英知を結集し、一人では成し遂げられないことを実現する」ことが、組織行動の中で最も楽しく幸せなことだと思っています。
 「チームで勝つ」ためのリーダーに必要なことは、どれだけ多くの人が「実現したい」と共感できるような「未来の姿」を見せることが出来るか、そうした「ビジョン構築力」が大切だと考えています。

 そして、「それを実現出来る」と思わせるための、客観的・論理的なストーリー提示力も必要です。
 カウフマンの本で、「複雑に絡み合う個別具体的な事象から普遍構造を浮き彫りにし、皆が共感できるような未来に向けた大きな物語を構築する力」の大切さや、野中さんの本で「主観的な志を支える哲学的思考と、それを他人が理解し納得するストーリーを支える科学的思考の双方が必要である」と学んだこともこの信条を支える力になっています。
 読書等を通じて、自分の考えを他人にも通じる「論理化」を図るとともに、皆が共感・共鳴出来るようなメッセージ性を織り込む「響く普遍化」を身につける必要があると考えています。

 また、2年前に、経済同友会のリーダーシッププログラムに参加し、各企業の様々なトップの方々のご高話を拝聴する機会を頂戴しました。その中で、意外だと感じた共通点が一つあります。それは、皆さんが一様に「謙虚である」ということでした。強いリーダーシップやチャレンジ精神と、ややもすると相反する謙虚さ。それが共通点であるということを一体どう理解すれば良いのか、自分なりに考えてみました。
 一つは、「足らざるは我にあり」という気高い精神。「自分が一日怠れば、会社が一日遅れる」「自分が成し遂げなければ、他に成し遂げられる者はいない」という気概が弛まぬ自己研鑽のエネルギーを産み出すのでしょう。
 もう一つは、「他人の意見を聞く姿勢」。他人の意見を貪欲に取り入れたうえで、自分の考えを纏め上げ、最後に決断する。「自分の後ろには誰もいない」という最終意志決定者の境地が「傾聴力」を磨き上げるのでしょう。
 私自身も「謙虚な自信」を持ったリーダーでありたいと思います。

──愛読書は。

 浅田彰氏の『構造と力 記号論を超えて』、スチュアート・カウフマンの『自己組織化と進化の論理』、野中郁次郎氏/紺野登氏の『知識創造経営のプリンシプル』、鷲田清一氏/山際寿一氏の『都市と野生の思考』などです。若手の社員には「異質な知の結合がイノベーションを産む。そのためにも関心領域をできるだけ広げなさい。特にデジタルには全く異質なものを結合させる威力がある」と説いており、その一助として高橋祥子氏の『ビジネスと人生の「見え方」が一変する 生命科学的思考』を勧めています。

大山一也(おおやま・かずや)

三井住友信託銀行 代表取締役社長


1965年京都府生まれ。88年京都大学法学部卒。同年住友信託銀行(現・三井住友信託銀行)入行。2015年執行役員。19年取締役。21年4月から現職。

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(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

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