制約のある状況でも、世の中に爪痕を残せる 出版社が挑むクリエーティブの世界

株式会社KADOKAWA 宣伝局 コミック・ゲーム宣伝部の阿部崇平氏は、数多くのコミック作品の宣伝に携わり、自らコピーや企画など広告を手掛けています。2024年1月31日付朝日新聞に掲載されたコミック『夜行堂奇譚(漫画/立藤 灯 原作/嗣人)』の広告は、3段1/4という小さいサイズながら、SNSの関連投稿が7万件を超える「いいね」を獲得しました。制約のある状況で爪痕を残す広告制作のコツをインタビューしました。
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他社と差別化しつつ、遊び心も取り入れた『夜行堂奇譚』コミックサンヨツ

ーー朝日新聞社全国版1面では月に1度、コミックに限定したカラー小型枠広告「コミックサンヨツ(34割)」を掲載しています。24131日の朝日新聞に掲載された「コミックサンヨツ」の4枠のうちの1つ、阿部さんが手掛た『夜行堂奇譚』のクリエーティブがSNSで大きな反響がありました。制作時の狙いはどんなものでしたか?

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2024年1月31日付 朝日新聞朝刊

 二つあって、一つ目は横に並ぶ他3社との差別化です。この枠の規定では「書影とロゴは使用可」となっているので、通常どちらもデザインに組み込まれる傾向にあります。だからこそ、あえて使わないようにしました。
 書影を使う3社に囲まれた、書影を使わない1社の枠は際立つと考えたからです。カラーの方が目立つと思われがちですが、「唯一の白黒」となれば逆に存在感が出て、一面を開いた時の視線獲得競争に勝てるだろうと。

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 二つ目は、広告なのに向き合いたくなる遊び心です。新聞の良いところは、手元でじっくり考える時間があること。ということで、「3つの単語を並べ、共通の1文字を隠す」というクイズを作りました。正解は示さず、読者の想像力に委ねるかたちです。

 答えは「霊」なんですが、多くの方がちゃんと読み取れたことは、その後の反響が示しています。
 この二つを意識して、スタンダードな作品紹介というより、見た人が思わずSNS上で拡散したくなるアイデア性を重視しました。

ーーどうやったら面白い広告ができるんでしょうか?

 こんな広告を作ってはいますが、日頃「面白い広告を作りたい!」という思いが前面に出過ぎないよう気を付けています。広告って結局、人の心を動かして目標達成に貢献する手段だからです。

 何かに貢献できてようやく、「その道は正しかったね」と言われる世界だと思うので。「守・破・離」で言うところの「守」の道で作った広告で結果を出せれば、れっきとした成功ですし、逆に「破・離」の道に挑戦しても、結果に繋がらなければ反省の必要がある。とはいえ、「破・離」を試みる意欲自体は尊いです。普段「守」の道しか通らなければ、急に「破・離」の企画を求められても発想が難しいはずだからです。

ーー『夜行堂奇譚』もSNSで拡散された以上の成果があったんですよね。  

 拡散の中心になったXの投稿は1.4万リポスト、7.4万いいねに上りました。これが追い風になり、『夜行堂奇譚』の試し読みページへの流入数が増加、編集部内の流入数ランキングで1位になったんです。

 風変わりな広告を作った、そしてSNS上でバズった、で終わりではなく、ちゃんとこの作品のために明確な貢献ができたことで、この道を歩んで正解だったと思えました。

ーー『夜行堂奇譚』の広告は、作品のファンの方がバズらせたわけではないんですよね。

 この投稿は、 掲載翌日に原作者の嗣人さんが取り上げてくださったものです。SNSでは企業の発信がバズることも当然ありますが、最近は第三者が「なんか面白いもの見つけた」と、写真付きで投稿した広告が拡散するケースが多いように思います。
 今回、多くの人の目にはそのケースに映った気がします。広告であっても素直に面白いと思えるものなら、人はどんどん反応してくれるなと。

アイデアだけでなく、飛躍と着地を意識している

 見えない存在を紙面上でも見えなくすれば、「霊」が二重の意味を持ち面白いという着想で作りましたが、作中でも実際「霊」はキーとなる存在です。つまり、変わった造りの広告ですが、商品の内容もちゃんと伝えています。
 こういう「飛躍と着地」を常に意識しています。クリエーティブのジャンプ=飛躍をする上で、その構造や佇まいに至った納得できる理由を感じられないと、「なんでその商品でその飛躍をしたの?」という疑問が消化不良感として残ってしまう。
 飛躍には納得感=着地が大事で、今回はその両立ができたかなと。人は、奇をてらえば面白がるのでなく、 商品の「らしさ」に着地できているという実感もありきで、真に面白がり拡散したくなるんだと思います。

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苺ましまろ(2023年2月25日付読売新聞朝刊掲載)の広告

他の例だと、『苺ましまろ(著/ばらスィー)』のサンヤツ広告は、あいうえお作文を模して作りました。本作はあいうえお作文ありきの作品かというとそんなことはないわけですが、コミカルでシュールな内容なので、突然ある日新聞に現れてこんな飛躍を試みてもおかしくない「らしさ」があると思い、設計しました。その後、ありがたいことに、こちらは読売出版広告賞の特別賞をいただきました。

佐藤雅彦さんの「根源的な思考」 が自分を変えた

 朝日広告賞のインタビュー記事で、僕がすごく好きなものがあるんです。多くのヒットCMや『ピタゴラスイッチ』ほか様々な表現活動で知られる佐藤雅彦さんの記事です。
 この記事は佐藤さんのキャリア初期の取り組み、大きな転機などがご本人の語りでまとめられています。その最後に、若手クリエーターへのメッセージとして「新たな可能性は、根源的な思考から生み出される。」と書かれていて。

 2021年に読んで以来、この「根源的な思考」がクリエーティブに取り組む際の指針になりました。CMならこう作る、新聞広告ならこう作るといった常識や型に囚われず、「その商品の良さを本当に効果的に表現する方法、メッセージの届け方って何なのか?」をゼロから模索する姿勢、と受け止めています。根源的に考えていけば、従来と全く別の道筋でも成立することがあるとわかるんですね。
 『夜行堂奇譚』の例で言えば、普通なら書影・ロゴを使いたくなる枠で「使わなければどうなるか?」を考えるのが根源的な思考と言えます。それにより、逆に目立てるのでは、という発想が生まれてくる。そして、小さなスペースであっても、期待以上の価値を引き出せる道筋の発見にも繋がるんです。

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 根源的な思考で作った例として、商品名に一切言及しないWebCMがあります。ちょっと卑猥なタイトルゆえにどう宣伝したものかと悩むコミックがあったんですが、「いっそのことタイトルを伏せよう」と作った映像です。

 広告は商品名を入れて当たり前とされていますが、「人は隠されると逆に知りたくなる」と思えてきて。それで、好きな漫画を聞かれた外国人が意地でも答えない架空インタビュー映像、という設定台本を書きました。会社の会議室で撮影したり低予算ではありましたが、YouTubeで公開後、10日ほどで100万再生を突破しました。
 一度もタイトルを言ってないのに、CM内の固有名詞をヒントに正解にたどり着く人が多くて。作品の試し読みページへの流入が激増したんですよね。その後、既刊は重版となりました。

 必ずしも広告然とした佇まいでなくて良い。王道から外れても成立する解がある。一旦立ち止まってゼロから考えると視野が広がる。佐藤さんの影響は大きく、この記事は折に触れて読み返してます。

優れた広告に学びを求め、自分の広告作りに生かす

ーー佐藤雅彦さんのインタビュー記事を読んだ後、広告への向き合い方は他に何か変わりましたか?

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 佐藤さんの存在を知って以降、ようやく広告というものをちゃんと勉強するようになりました。出版業界内の事例に沿うのでなく、外に学びを求めようってなったんです。広告業界のプロの方々が何を考え、どんな心構えでクリエーティブに取り組んでいるか。業界水準を知るべく、色々本を読み漁りました。

 今は自分のチームのメンバーと、広告観賞会というのをやってます。毎週当番の1人が印象に残った広告を共有して、「なぜ良いと思ったか」を発表する取り組みです。優れた広告のエッセンスを言語化しようとする試みであり、この「面白さの背景」を分析する訓練は広告制作に役立つと感じます。

 『月刊コミック電撃大王』の30周年WebCMでも、そんな鍛錬が台本作りに活きました。出演いただいたのは、お笑いコンビのくらげさんです。昨年のM-1グランプリ決勝でお二人が披露した、次々に単語を繰りだす漫才がすごく面白くて。知らないジャンルの知らない固有名詞の羅列でも笑ってしまうという驚異のネタでした。これをテレビで観ていた時、漫画誌の連載タイトルというテーマでも再現できることに思い至りました。そして後日「電撃大王」に置き換えた台本を書いてオファーしました。

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 30年の歴史の分厚みを伝えるにあたって「名作がこんなにあるんですよ」とアピールしたかったのですが、くらげさんのネタに乗せて羅列することで、それが嫌味なく、むしろコミカルに表現できました。おかげさまで、お笑いファン、漫画ファン双方からかなり反響をいただきました。

 広告観賞会の狙いはもう一つあって、メンバーに広告それ自体を好きになってほしいという思いがあります。クリエーティブという領域は地道で、泥臭い。手っ取り早さ、効率的といった概念と反するものだと思います。だから、長時間向き合わなきゃいけない。それが、広告を好きになると少しは容易になるはずなんですよね。人は好きになった対象には長い時間を費やせるので、一度広告のことを好きになれば自発的にクリエーティブの鍛錬を積んでいける、そう思ってます。
 僕自身も、内外の優れた広告に学び自分の広告作りに生かそうとするサイクル、これは根源的な思考とともに今後も変わらないものになりそうです。

ーー今後、やってみたいクリエーティブはありますか? 

 あります。新聞広告だと、読み手がもっと関与したら成立するものを作ってみたいです。『東京卍リベンジャーズ』の紙面をひっくり返して見る広告や、『君の名は。』の紙面を透かして見る広告のような。
 クイズでも、あいうえお作文でもなく、紙という媒体に対して読者が何かアクションをしたら違った光景が広がる、そんな広告です。今、 新聞紙面上で表現できる仕掛けのチェックリストみたいなものが一つ一つ埋まりつつあるけど、多分まだまだあると思うんですよね。

 広告は真剣に対峙してもらいにくい存在で、だからこそ『夜行堂奇譚』の広告のように、人を楽しませようとするある種のコンテンツ性が時には必要と考えています。それが広告に振り向かせる引力になり、ひいては商品、企業に対しても親近感が湧くきっかけになる。

 だから、言いたいことだけ言うことに終始する広告より、個人的にはそんな広告像を目指し続けたい。新聞広告でも、チャンスがあれば模索していきたいです。

制約のある状況でも、世の中に爪痕を残せる

ーー『夜行堂奇譚』の広告は、広告会社でなくてもこんな面白いことできるんだっていうのが、すごく新鮮でした。

 出版業界では、必ずしも潤沢な宣伝予算がない、よって広告の展開・露出規模が小さい、広告会社に発注せず宣伝担当が自ら頭をひねって考えなければいけない、そんなシーンが少なくないと思います。業界外の華やかで大々的なキャンペーンを目にすれば、自分たちが世間に及ぼす影響力なんて小さいのではと、閉塞感を覚える担当者もいる気がするんですね。
 ただ、そんなある種制約された状況でも、できることはある。むしろ、その制約がアイデアを呼んでくる。小さなスペースでの一発なら、それが大きな一撃になるよう時間をかけて創意工夫を考えるべきなんです。

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 今回の『夜行堂奇譚』の広告は、タレントを起用したわけでもなく、小さな空間をただテキストで構成したものです。それでも大きな反響を生み出すことができた。根源的な思考は、制約された状況でも世の中に爪痕を残す道を考える鍵になる、と実感しています。こういった僕の取り組みで業界内の誰かの励みになれば、それは何よりです。


阿部崇平(あべ・しゅうへい)

KADOKAWA 宣伝局 
コピーライター/プランナー

2014年、KADOKAWAに入社。女児向けキャラクター誌や児童小説の編集などを経て、2017年に宣伝局へ異動。以来、コミック系編集部の宣伝を担当。

2022年、企画・台本ほか手掛けたWebCM「好きな漫画のタイトルを絶対に教えてくれない外国人」が話題に。2023年、苺ましまろ「苺のようにかわいく まにあっくな人気の しゅーるな まんがです、 ろっかーに常備したいほどの。」で読売出版広告賞《特別賞》。


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