「10-1-23」英国新聞社のデジタル戦略

 何色がロンドンを一番イメージさせるだろうか? どんよりした灰色の空も印象的だが、真っ赤な電話ボックスやダブルデッカー(2階建てバス)を思い浮かべる人も多いかもしれない。ただ、街で電話ボックスを見かける頻度は少なくなり、扉が無く乗り降り自由だったために切符を手売りしていた車掌はもうバスに乗っていない。電話ボックスは2017年6月より、ブリティッシュ・テレコム(BT)によって、写真のような「InLinkUK」と呼ばれる無料通話やWifi接続、スマホのUSB充電が可能なOOHの広告媒体に順次置き換わっている。バスに乗るためには、JR東日本の「Suica」のようなプリペイド式の「Oyster」カードか、30£(約4,200円)以内であればクレジットカードやスマホを読み取り機にかざすだけで決済できる「Contactless」しか方法が無く、現金は全く使えない。伝統を重んじる英国は一方で、世界でも有数の「デジタル先進国」でもある。

InLinkUK

 eMarketer社のレポートによると、2018年の国内総広告費のうちデジタル広告費のシェアが50%以上だったのは9か国だが、イギリスのデジタル広告費シェアは63.8%で世界第2位の高さだった(1位は65.3%の中国)。電通が発表した「2018年日本の広告費」のインターネット広告費の構成比は26.9%なので、集計方法に違いがあったとしても、イギリスは日本よりも、広告のデジタルシフトが進んでいる国と言えるだろう。

 私が2017年5月にロンドンに赴任して初めて書いた本コラムのタイトルは「英国新聞社の必死な取り組み」。それからちょうど2年、今月は最近の記事で取り上げられた「英国新聞社のデジタル戦略」をレポートしたい。

 まずは「The Guardian」が1998年以来、20年ぶりに営業利益を出したというニュース。僅か80万£(約1.1億円)の利益ではあるが、2015-16年期が5,700万£(約80億円)の赤字だったことを考えると大きな改善だ。同紙は2016年からの3年計画でビジネスの構造転換を目指しており、その柱は20%コスト削減と読者とのリレーションシップ(関係構築)戦略。「The Guardian」のウェブサイトは、ペイウォールを設けない広告だけに依存するビジネスモデルを採用しているが、2015年に1万2,000人しかいなかったデジタル会員(紙とデジタルの購読者は17.5万人)を、2018年には毎月一定の金額を支払う「サポーター」会員を65.5万人(紙の購読者含む)、さらに一回限りの「寄付」で貢献する読者を30万人に増やすことに成功した。その結果、デジタルの売り上げ比率は55%までに高まったという。

The Guardianサイト(左上から2種の支払いが可能)

 2017年にヨーロッパYahooから「The Telegraph」に移ったヒュー(Hugh)CEOは、2018年末までに「300万人のデジタル登録者」という目標を掲げ、計画より4か月早い2018年8月に数字を達成した。「購読」ではない、「レジストレーション(登録)・ファースト」戦略で、まずは多くの読者と直接的に繋(つな)がってインサイトを探り、最終的にマネタイズに結びつけるのが目的だという。さらに同社は次のステップとして今年4月、4年半後の2023年末を目指し、「10-1-23」ビジョンを掲げた。この暗号のような数字は、「10」ミリオン(1,000万)人の読者登録、「1」ミリオン(100万)人の有料読者を20「23」年末までに獲得する、という意味だ。これを達成すれば、同社の経営は広告掲載などの収入がゼロになったとしてもサステナブルになるとCEOは言う。

The Telegraph HPより 「10-1-23」

 「The Times」は他の新聞社と比べても最も高いペイウォールを設けていて、無料で記事がほぼ読めないが、2018年度の決算は、デジタル購読者(平日と日曜版)が前年比12%増の50万2,000人、デジタル広告の売り上げも増え、プリントの減収を補って増収増益となったと発表した。

 表向きは伝統を守っているように見えて、一方で、生き残るために、主にデジタル分野で多様なチャレンジをしている英国の新聞社。現時点では、サブスクリプションモデルにシフトしつつあるようにみえるが、次回以降はデジタル広告についてレポートしていきたい。

(朝日新聞社 メディアビジネス局 ロンドン駐在 渡辺健司)