博報堂のクリエイティブ部門・統合プラニング局からさまざまな領域の強みを持つメンバーが登場し、変化するビジネスニーズにどのように向き合い実行しているかを紹介するシリーズ「トランスフォーメーションはカタチにできるのか」。第10回は、同社統合プラニング局のクリエイティブディレクターの尾崎徳行氏と同・エクスペリエンスプラナーの中島優人氏が登場。尾崎氏と中島氏は、マス広告をはじめ、デジタルやリアルな場でのコミュニケーションの「体験性」を高め、購買へとつなげていく統合型のプラニングを行っている。その狙いや効果、またリアルとデジタルを融合させたXR(Extended Reality)の可能性についても聞いた。
リアルな体験だけでなく、SNSで拡散された写真や動画で追体験できる時代
──尾崎さんがリーダーを務め、中島さんも属する「尾崎チーム」では、「エクスペリエンス」を起点にした多様なプラニングをしています。マーケティングで体験を重視する理由や効果を教えてください。
尾崎:体験を重視するのは情報過多の今、少しでも記憶に留めてもらうためです。キッザニア創業者のハビエル・ロペス氏の言葉で「人は読んだことの10%しか覚えていないが、体験したことの90%は忘れない」というものがあります。広告やコミュニケーションも体験性を高める必要があると考えています。
マーケティングのフレームワークはこれまでProduct(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(販売促進)の4Pが一般的でしたが、最近はExperience(体験)、Exchange(交換)、Evangelism(伝道)、Every place(あらゆる場所)の4Eとも言われています。
コト消費が注目を集めるのは、商品やサービスから得られる「体験」に価値を見いだす人が増えているからですよね。シェアリングサービスやサブスクリプション、リユースなどが一般化しつつあり、所有や購入に対する体験も変化しています。プロモーションについては、SNSが普及したことで、メディア側からの発信よりも、商品の魅力や価値を自分の言葉で発信してくれるファン、Evangelist(エバンジェリスト、伝道者)の言葉を信じる人は増えている。エバンジェリストの発信が信頼されるのは、あくまでも自発的であるからです。流通の場も、ECで何でも購入できるようになり、店舗が購買の場から体験の場に変わりつつある。その視点でショップや施設の在り方を考えると、プラニングの方向性もガラッと変わるはずです。
──広告の体験性は、どうやって高めるのでしょうか。
尾崎:あるプロモーションで、クルマの加速時間を体験できるテレビCMを制作しました。15秒もなく一瞬で終わっちゃうんです。でもそれが記憶に残る。また、コロナ禍によって家でコーヒーを丁寧にいれる人が増えたことから、チーム員がコーヒーをドリップしている映像のみでテレビCMを制作しました。30秒を「コーヒーをいれる時間」にみたて、コポコポとコーヒーがしたたる音や立ちのぼる湯気などの映像から香りもイメージさせる、至福の時間の体験です。リアルな場での体験ももちろんありますが、すべてのタッチポイントで体験性を高めることはできると思います。
中島:制約のように思えるメディア枠ですが、むしろ表現のチャンスになることは多いですよね。先ほどの例のようにテレビCMの尺は「時間」の体験と言えますし、スマホ広告なら「触れる」体験、新聞広告の15段や30段であれば「大きさやサイズ」の体験、メディアと身体の関係に注目することで、体験性のあるメッセージを作ることができると思います。
尾崎:これまで広告は一方的に情報を伝える「露出」を中心としたコミュニケーションでした。しかし、今は生活者の行動につながる「関与」をどう作っていくかがポイント。新聞も、紙特有の手触り感を生かしたアイデアやコンテンツ自体の体験性を高めていくなど、関与したくなる仕掛けはまだまだつくれると思います。
──体験というと店舗やイベントなど「リアル」なものをイメージしていました。たしかに、「疑似体験」も体験の一つですね。
尾崎:私は、全てのクリエイティブの体験性は強いほうがいいと思っています。リアルな場所での体験が最もリッチではありますが、それは来場した人しか体験できません。映像やデジタルなどを通じた擬似的な体験でも、十分な体験として記憶される可能性はあります。
特に今は、SNSが普及したので、エバンジェリストが投稿した写真や動画を見た人も、体験したような気持ちになることもできる。私たちはそれを「追体験」と呼んでいます。つまり、リアルな体験でも疑似体験でも、拡散したくなるようなリアリティーのある素敵な出会いであれば、エバンジェリストが増えて、追体験する人も増やすことができる。クライアントにプレゼンするときは、そこまで設計していくことを伝えると共感してくれることが多いです。
中島:ある映画のプロモーションで、体験型の屋外広告を制作しました。実際に体験したのは約1万5千人でしたが、個人の方が撮った動画がSNSで広がって、約800倍の1,200万人が追体験してくれていたことが分かりました。今は生活者の一人ひとりがクリエイターでありメディアなので、みんなが会話したくなるきっかけを用意できれば、広告ではない広告が生まれます。身近な人の熱のある言葉は強いです。その屋外広告では、スマホで撮った動画でも企画が伝わることから逆算して、演出を設計していきました。
──尾崎さんと中島さんはいつごろから体験というキーワードに注目するようになったのですか。
尾崎:私は1998年に入社して最初に配属となったのがイベントプロモーションの部門でした。イベントそのものや空間デザイン、ステージ演出、キャンペーングッズなど、場の空気や手触りのある体験を日々、企画していました。その後、クリエイティブディレクターにステップアップしていく過程でテクノロジーも進化。デジタルのキャンペーンにも携わるようになったのですが、その際にマス広告やデジタル広告などにも「何か体験性を織り込めないか?」と自然と考えていました。だから今、体験を軸に様々な企画をしていることは、自分のキャリアから考えると必然だと思っています。
中島:私もプロモーション部門の出身です。店頭やイベント、SNSの仕事から始まったので、企画が世の中に出たあと、実際に触れてくれた人の表情を見ては一喜一憂する機会が多かったです。その影響もあって「コミュニケーションの主役をブランドから生活者に移す」という視点で企画をふくらませていくことが多いです。リアクションから逆算して企画を立てると、自然と体験の要素が入っているのかもしれません。