2022年7月1日に日本大学学長に就任した酒井健夫氏。教育理念である「自主創造」の精神と「教学優先」を核とした「日本大学ルネサンス計画」を掲げ、同じく理事長に就任した作家の林真理子氏と二人三脚で大学改革を進めている。その内容について聞いた。
──日本大学ルネサンス計画について。
日本大学は、教学優先を柱とする改革に取り組んでいます。学生・生徒が自ら学び、自ら考え、自ら道をひらく「自主創造」が本学の教育理念です。そこで、自主創造の精神と教学優先を核とした「日本大学ルネサンス計画」を掲げ、全学を挙げて様々な改革を進めています。
改革を実行する上でコアとなるコンセプトは、教学における「個」の尊重と、総合大学としての「全」、すなわち一体感の創出です。個は学生・生徒、教職員、16の各学部、87の各学科等を指します。学生・生徒の自律性や自主性を重んじながら、それぞれの適性や能力に合った「オーダーメイド型サポート」を実践していきます。
その一方で、学部間の連携と協力、情報の共有化を図り、日本大学全体としての一体感や総合大学のスケールメリットを活(い)かしていきたいと考えています。今の社会で求められているのは、自然科学の知と、人文・社会科学の知を融合した「総合知」です。これは多様な個の集合体である本学が最も得意とするところであり、文系・理系など既存の枠組みにとらわれない横断的、学際的な教育・研究ができる環境づくりを徹底していきます。
──教育DXを加速させています。
コロナ禍が始まり対面授業が困難になると、学生の学修環境への配慮と教育効果向上のため、いち早く全学で利用できるオンラインプラットフォームを用意しました。教員に向けてオンライン授業のための講習会を実施するなど、授業のクオリティー維持にも努めてきました。全学生を対象に実施した調査では、オンライン授業に関する満足度が高く、それと同時に学生たちのITリテラシーの高さを確認しました。
現在は対面授業を再開していますが、並行してオンライン授業のメリットを生かし、活用しています。これは、各地に点在するキャンパス間の連携において有用で、例えば約1万6000人もの学生が参加する大規模な交流授業であり、1年次の全学共通教育科目「自主創造の基礎」のなかで展開される「日本大学ワールド・カフェ」では、異なる学部の学生がオンラインを通じてグループワークを行い、分散型キャンパスのデメリットを解消しています。また、海外の大学との交流という意味でも活用が広がっています。
さらに、教学DXを推進するため「教学DX推進委員会」を設置しました。ICTの導入によって学修成果の可視化を図り、先に触れた「オーダーメイド型サポート」を提供しています。
──今後注力していきたいことについてお聞かせください。
度重なる不祥事により失墜した信頼を回復することが第一の課題です。学生・生徒の皆様、保護者の皆様、卒業生の皆様に説明責任を果たし、社会に向けて「教学優先の復興」を示していく必要があります。学長としては、教学優先を徹底するとともに、学内の各行事に積極的に参加し、学生や教職員の意見を聞き、どんな小さなこともメモを取り改革と復興の参考にしています。この9月からは、私の思いや活動を学生たちに届けるべく「学長ブログ」の配信を始めました。始めてみて驚いたのは、学生たちから多くの反応があることです。中には意見や要望もあるので、必要であれば改善を図り、関係学部に学生との面談をお願いすることもあります。学生たちとの距離を縮めながら開かれた大学へ転換していきたいと思います。
また、本学の総合大学としてのスケールメリットをさらに発展させるための「部科校連携推進委員会」を新設しました。委員会を通して付属の幼稚園、小・中・高等学校からも意見をいただき、本学の復興に反映させていきたいと考えています。
──日本大学農獣医学部(現在は生物資源科学部)のご出身です。日本大学の魅力についてどのようなご実感がありますか。
大学時代は戦後の復興と開発の熱気に包まれた中で、知的好奇心をかきたてられながら社会の動向を見つめ、若い感性を磨き、知識や技術を貪欲に吸収する日々でした。同時に、生涯にわたる友人や先生との出会いに恵まれました。卒業後は校友のネットワークが心強い財産です。130年を超える歴史を持つ大学ですので、現時点での卒業生の数は123万人を超えます(2022年3月現在)。その方々が各分野で活躍され、同級生や先輩・後輩同士でつながっています。大学は学びと研究の場であり、人との出会いの場です。有意義な学びと出会いが生まれる環境整備に努めていきます。
──東京大学医科学研究所、厚生省、台糖ファイザー薬理研究所、農獣医学部教授、学部長、研究科長、日本大学総長など、様々なご経歴をお持ちです。今も心に残っている職務経験や、リーダーを務める上で糧になっているご経験についてはいかがですか。
私は卒業後、大学のスタッフ、国家公務員、民間企業の研究所、大学の教員と、様々な経験をしていますので、多角的、客観的に物事を見渡して判断するくせが身についているように思います。また、研究者はアイデアが命です。私自身、アイデアを生み、活用し、成果に結びつけるプロセスを経験しています。これはリーダーを務める上でも非常に重要なプロセスだと思っています。
大学時代や研究者時代の友人・知人だけでなく、審議会の会長や各政府機関の委員などを務める中で出会った友人・知人も私の財産です。多くの人たちの知恵を借りながら改革と復興の道を歩いていけたらと思っています。
──リーダーとしての信条は。
誠実さをもって周囲から信頼されること。精神的にタフであること。コミュニケーションスキルがあること。決断力・実行力・指導力があること。困難な状況下でも前向きに解決すること。口で言うのは簡単ですね(笑)。できるだけこうしたことを実践できる人になりたいと思って日々過ごしています。
──愛読書は。
松下幸之助の名著『道をひらく』は長く愛読しています。その他、何度も読み返しているのは、日系カナダ人の苦難の道のりを描いた自伝的小説『失われた祖国』、日本の戦後復興をアメリカ人歴史学者の視点で書いたジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』、これからの日本に必要な改革を示す『成熟日本への進路 「成長論」から「分配論」へ』など。小説は池波正太郎の『真田太平記』が愛読書です。
日本大学 学長
1943年生まれ。1966年日本大学農獣医学部(現・生物資源科学部)卒。医学博士。東京大学医科学研究所、厚生省、台糖ファイザー薬理研究所を経て81年日本大学農獣医学部専任講師。83年助教授。93年教授。学部長、理事、大学院生物資源科学研究科長、同獣医学研究科長などを経て2007年副総長。08〜11年総長。22年7月から現職。
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(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)
広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.142(2022年12月19日付朝刊 東京本社版)251KB
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