2024年のリテールメディア事情 ユーザーに〝近すぎる〟からこそ…知っておきたいリスクとメリット

日本のインターネット広告費は2019年にテレビ広告費を抜き、以来、1位のまま規模を拡大させてきました。そんな広告市場で、2024年、新しい変化が起きつつあります。それがリテールメディアの登場です。リテールメディア活況と密接に関係しているのが個人情報保護への高まりです。リテールメディアのリスクとメリットについて考えます。

2027年には9千億円市場に

コンビニやスーパーなど小売りの会社が広告業を手がけるのがリテールメディアです。広告は、ネット通販のアプリやECサイト内、そして、リアル店舗などに出されます。

リテールメディアの盛り上がりは数字が証明しています。2023年は前年比21.5%増の3625億円になると見込まれ、さらに、2027年には9332億円にまでなると予想されています(CARTA HOLDINGSとデジタルインファクトによる共同調査より)。
参考:https://netshop.impress.co.jp/node/11780

リテールメディアが活況の背景には、個人情報を巡る環境の大きな変化があります。
従来のインターネット広告は、ユーザーが訪れたサイトの履歴などを主に「3rd Party Cookie(サードパーティクッキー)」と呼ばれる形で活用し、広告効果の精度を高めていました。

たとえば、ホテル会社がネット広告を出したいと思ったら、航空会社のサイトでチケットを買った直後のユーザーに表示させるのが効果的です。逆に、旅行と関係ない「巣籠もり消費」の家庭用ビールサーバーを調べているユーザーにホテルの広告を出しても効果はそれほど見込めません。

このように、広告主が自社がリーチできていないユーザーへ広告を表示させる時に使われるのが、ユーザーの行動の記録である「サードパーティークッキー」です。

広告主にとって便利な「サードパーティークッキー」ですが、ユーザーからすると、自分が把握していないところで個人情報が使われている状態とも言えます。そのため、最近では、サイトの閲覧履歴を収集する場合、事前に同意するかを確認するサイトが増えています。

強まるサードパーティークッキー規制

現在、進んでいるのはさらに厳しい規制です。「サードパーティークッキー」自体、使えなくなる動きが出ているのです。
実際、アップルのブラウザーである「Safari」では、すでに「サードパーティークッキー」が使えません。そして、ユーザーが最も多いグーグルのブラウザー「Chrome」も、2024年中に「サードパーティークッキー」規制を実施予定だと表明しています。

どんなユーザーに表示されるかわからない状態では、広告の効果を高めることができません。自社の広告と親和性のあるユーザーと出会う確率を高めるために、従来よりも10倍、100倍の広告費をかけて、とにかく多くのユーザーの目に触れてもらうような対応が必要になってくるかもしれません。

そこで注目されているのがリテールメディアです。

小売りの会社は、自分のお店で買い物をしてくれたユーザーの情報を持っています。自社と関係ない第三者が持つ情報を「サードパーティークッキー」と呼ぶのに対して、自社で保有する一次情報にあたるので「1st Party Cookie(ファーストパーティークッキー)」と呼びます。

小売りの会社の持つ「ファーストパーティークッキー」は「サードパーティークッキー」よりも強力です。訪れたサイトの情報だけでなく、ECサイトでの購入商品、買うのを検討した商品、サイトを訪れた時間帯から滞在時間まで詳細な情報が蓄えられています。

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Getty Images.

D2C事業者に学ぶユーザーとの信頼感

そんな宝物のような情報を活用した広告出稿ができるのが「リテールメディア」です。

ここで強調したいのが、「リテールメディア」市場の拡大のきっかけの一つとなったのが、ユーザーの不信感から生まれた「サードパーティークッキー」規制だったということです。

本人の同意なく自分の情報を使われたくない。これは、従来のインターネット広告への不信と言い換えることができます。それを踏まえるなら、、「リテールメディア」においても大事なのは、広告主とユーザーとの信頼関係です。

それでは、「リテールメディア」上で、どうやってユーザーと信頼感を築き上げればいいのでしょうか。
ヒントになるのは「D2C(Direct to Consumer)」で成功している事業者による情報発信です。

事業者が生産した商品を、事業者自らネット通販などで販売する「D2C」は、「BASE」のようなネットショップ作成サービスが生まれたことで急速に拡大しています。スーパーやデパートなどの販路がない小規模な事業者が次々と参入する一方、消費者と商品との接点は、自ら開拓していかなければいけない厳しさがあるのも事実です。

成功している「D2C」の多くに共通しているのが、顔の見える情報発信を心がけていることです。
自社の商品の紹介だけでなく、ビジネスを始めるまでの経緯、商品に対する思いだけでなく、家族や故郷のこと、影響を受けた人物や作品などをブログで発信する事業者も少なくありません。直接、商品と関係ない情報に見えますが、根っこの価値観から信頼してもらうことは、販路の強化を考える上で重要です。

こうした「D2C」事業者の中には、自社製品ではないけど自分が使ってよかったものを紹介する人も少なくありません。ユーザーからすると、普段から利用しているサービスの「中の人」が認めたものだから購買意欲が刺激されます。

たとえば、こだわりのTシャツを少量生産している「D2C」を手がけるオーナーが大手スポーツブランドの定番スニーカーの素晴らしさを語り尽くす。Tシャツメーカーのファンにとって、自動的に表示されるネットワーク広告よりも説得力があります。
これは、広告として事業化していないものの、機能としては「リテールメディア」と同じような役割を果たしていると言えます。

こうした行為が「ステマ」ではなくユーザーが求める「世界観の拡張」として受け止めてもらえるのは、事業者への信頼があるからです。「リテールメディア」における最大の価値は、この〝場〟に対するユーザーの信頼ではないでしょうか。

ユーザーとの〝近さ〟諸刃の剣にも

「リテールメディア」において「サードパーティークッキー」規制の原因と同じようなユーザー不信が生じると、そのダメージは計り知れないものになります。ユーザーとメディアの距離の近さが裏目に出てしまうからです。

買い物をする場所ということは、個人情報のかなりの部分を託していることになります。それが悪用されたと受け止められたら、小売り事業者のサービスはもちろん、そこに表示される広告の内容も信じてもらえるわけがありません。
「サードパーティークッキー」が使えないからその代わりに「ファーストパーティークッキー」が利用できる「リテールメディア」へ乗り換える。そんな安易な考えは捨てましょう。

従来型のインターネット広告への不信の裏返しとして生まれた「リテールメディア」。お店に合った広告になっているか。ユーザーが広告に出会うタイミングは適切か。お店も、ユーザーも、広告主も〝顔の見えやすい関係〟になったことを踏まえた施策が重要になってくるでしょう。

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奥山 晶二郎(サムライト株式会社 CCO)

1977年生まれ。大学卒業後、朝日新聞入社。佐賀、山口、福岡と勤務し、2007年、デジタル部門へ異動。「asahi.com」の編集に携わり、「朝日新聞デジタル」立ち上げ、動画、データジャーナリズム、SNS連動企画などを担当。2014年から「withnews」の編集長を8年間務めたのち、2022年6月からサムライトに参画。