ネイチャーポジティブとは「自然を回復軌道に乗せるために、生物多様性の損失を止め、反転させる」という概念や取り組みを指します。2030年までに実現することが新世界目標になっており、地球環境のみならず人類全体の暮らしを支える経済社会基盤にも大きなインパクトをもたらすと言われています。
世界的に浸透がすすむ「ネイチャーポジティブ経済」
「ネイチャーポジティブ(NP)」や「生物多様性」という言葉を聞いたことはありますか?または、その内容をどのくらいご存じですか。多くの方は、この言葉から森林のメンテナンスや絶滅危惧種への対応などの「自然保護活動」を連想されるのではないでしょうか。
ここ数年、「気候変動」という言葉が、環境領域だけでなくビジネス領域においても大きな世界潮流として取り上げられることが増えました。新聞やニュース、日々の仕事の現場でこの言葉を耳にされる方も多いかと思います。
「ネイチャーポジティブ」は、2022年12月のCOP15によって世界的な取り組みとしての緊急性が言及されたり、ESG投資のための情報開示基準をつくる国際組織、国際サスティナビリティ基準審議会によって気候変動の次に開発すべきサスティナビリティ開示基準の候補に挙がるなど、注目度の高いビッグイシューと言われています。
そのようなルールメイキングの動きと連動した「ネイチャーポジティブ経済」構築を急ぐべく、企業や地域、投資家など、様々なプレーヤーの意識や行動も高まりを見せています。環境省によると、ネイチャーポジティブ経済への移行による機会は2030年時点で最大104兆円(波及効果含めると125兆円)と推計されており、その市場可能性に注目が集まっています。
図1:日本の2020~2030年のネイチャーポジティブビジネス機会の増加額(環境省 第4回ネイチャーポジティブ経済研究会資料(https://www.env.go.jp/content/000146496.pdf)より抜粋)
このように、自然保護の観点だけではなく、経済界においても情報開示の動きと連動する形で企業価値を高めるための取り組みが本格化しつつあり、「ネイチャーポジティブ」は世界的に浸透が進んでいます。
ネイチャーポジティブをビジネス機会に
企業にとって、情報開示の次に来る課題として、「ネイチャーポジティブ」の産業化が挙げられます。そのために、まずなによりも、「ネイチャーポジティブ」は、未来に向けたコストや宿題といった義務感や受け身で捉えるのではなく、ビジネス機会(生活機会)を生み出せるか、という企みの姿勢に転換できるかどうかが肝になります。我々は生態系から「基盤サービス」「供給サービス」「調節サービス」「文化サービス」など(図2)様々なサービス(恩恵)を受け取っていますが、それらの自然との接点でビジネス機会を探索・実装することが新産業創出のポイントになってくるでしょう。
図2:生態系サービス例(CONSERVATION INTERNATIONAL資料より引用)
「創造性」でつなぐ「個性」と「共生」
上記のような観点をビジネス機会として深め実践していく上で、それぞれの企業や地域が個性を活かした形で自然資本と向き合う取り組みが必要となってきます。さらに、一つの企業や団体の個別の取り組みというよりは、社会全体、地域全体として連鎖・循環させていく基盤となる仕組みの構築も欠かせません。また、かなり多岐にわたる領域やプレーヤーが複雑につながりあうため、領域を横断するかたちで持続的にお互いを支え合い、共生できるような文化・風土づくりも大きなポイントになってきます。
そのやり方はまさに無数に広がっており、ゆえに非常に可能性に溢れ、関わる誰もがその人なりの創造性を発揮することで共助、共創していくことが、持続的なネイチャーポジティブ経済システムの基盤構築につながっていくのではないでしょうか。
未来の生活者を巻き込むストーリーづくり
最後に、「ネイチャーポジティブ経済」に関わる様々な取り組みが持続的に循環していく時の重要な鍵となりうる「未来の生活者」発想についてお話しします。上記でご紹介した「持続可能な良質な自然資本の調達」「コミュニティでの良好な関係性の再構築」「商品やサービスのイノベーション」「生活者・社会の新しいニーズの発掘」について、それらが好循環していくためのはじめのポイントがどこになるかを考えた時に、「未来の生活者(と地球環境)の豊かで幸せな暮らし」から逆算(バックキャスト)して自社や自分たちの地域の自然資本の在り方、活かし方を捉えていくアプローチが着目されています。
図3:ネイチャーポジティブとビジネス機会創出のポイント
「ネイチャーポジティブは未来への宿題ではなく機会発見」であるとお伝えしましたが、まだ見ぬ未来の生活(ビジネス)の機会のストーリーを描ききってみることで、そのために打破すべき現状やそれを解決する切り口、そのための共生・共創の在り方がクリアになってくるかもしれません。「ネイチャーポジティブ経済」を深掘り、進めていくことは、「未来の幸せな暮らし」へのヒントを発見することとも深くつながってくるとも言えそうです。
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<参考資料>
・気候変動の次のサステナ基準候補、6月決定へ 国際機関. 日本経済新聞. 2024-1-22, 日経電子版, https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC064UO0W3A001C2000000/, (2024-3-15参照)
・第4回ネイチャーポジティブ経済研究会 議事次第・議事録・資料. ”ネイチャーポジティブ移行による日本への影響について“. 環境省. https://www.env.go.jp/content/000146496.pdf, (2024-3-15参照)
・食品&農業セクターの課題と「リジェネラティブ農業」の可能性. CONSERVATION INTERNATIONAL. 2024
・ありたい未来を共創する Nature Positive Studio. 博報堂. 2024
(株)博報堂 イノベーションプラニングディレクター/東京工業大学 特任准教授
広告づくりの現場で多岐に渡る領域のブランディングに携わる。その後、未来生活者発想に軸足を置いた事業・商品開発、組織・人材開発などの業務に従事。モビリティ、ヘルスケア、脱炭素など、幅広い領域やテーマにおける未来像策定プロジェクトを企画・実施。
プロジェクト
・未来年表作成プロジェクト(モビリティ、ヘルスケア、地域など多様な領域を取り扱う)
・未来年表コミュニティ
・100年ライフデザイン
・経済産業省 GXリーグ 未来像策定
・Nature Positive Studio