クリエイターエコノミーとは、インターネット上でコンテンツを生み出し情報発信を行う個人クリエイターが増加する中で、ファン、クリエイター、支援サービス(プラットフォーム)の三者間で生まれる経済圏を指す。
拡大するクリエイターエコノミーの規模とその背景
SNSは数えきれない程の「何者でもない個人」に自身の表現や創作を届けるための術を授けた。その結果、現代では新しい才能がさまざまなジャンルで可視化され、そこにフォロワー/ファンが付きコミュニティー化するようになっている。
かつてクリエイターという言葉は、作家、写真家、画家、歌手、映画監督のようなごく一部の表現者だけを指す言葉として使われることが一般的だったが、現在ではだれもがコンテンツや商品を作るクリエイターとなりうる時代に変化しており、一般社団法人クリエイターエコノミー協会によれば、そうした「個人の情報発信やアクションによって形成される経済圏」をクリエイターエコノミーと定義することができる。
類義語に「インフルエンサー」というものが存在し、クリエイターの語義との厳密な峻別は難しいが、前者はフォロワーやファンが多くその拡散力に主眼がある一方で、後者は必ずしも高い知名度や拡散力を伴っている必要はない。むしろ少数のファンであっても問題なく、その表現や創作物に対してフォロワー/ファンが熱量を持って接していることの方が重要である。
では、クリエイターエコノミーの経済規模はどのくらいなのか。クリエイターエコノミー協会と三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる「国内クリエイターエコノミーに関する調査」(2023年)を参照すると、国内クリエイターエコノミーの市場規模は1兆6,552億円で前年比21.9%増の実績となっている。海外のクリエイターエコノミーの市場規模のおよそ10分の1にあたる。
市場規模の内訳は、大別すると「クリエイターの活動そのもの」と「クリエイター支援サービス」に分かれる。後者はクリエイターが自身の活動を円滑に行うために関連サービスに支払うもので、コンテンツの編集やそのディストリビューションにかかる費用を指している。
それに対して前者は、さらに①直接課金と②間接課金に分類することができる。①はフォロワー/ファンがクリエイターの創作コンテンツを購入したり、ライブ配信上で投げ銭をしたり、クラウドファンディングなどで支払われたものを指している。②はいわゆるタイアップやプロモーションの案件、イベント出演などで、企業・ブランドが拠出する広告・プロモーションの費用を原資とするものだ。
クリエイターが増えたこと、そこに企業・ブランドのプロモーション活動が折り重なっていったことが大きな要因であるのはもちろん、クリエイターエコノミー関連サービスのカオスマップ(図表)に示されているように、クリエイターを支援するためのサービスが質・量ともにリッチに揃ってきたことも上記のような3つのポーションを拡大させ、市場の成長をもたらすことに寄与している。
【図表】クリエイターエコノミーの関連支援サービス
いま世界的な注目を集める生成AIは、クリエイターエコノミーをさらに高進させる役割を確実に果たす。それを踏まえ、今後は上記のサービスがどのように生成AIを組み込んでいくのかに注目していく必要がある。
広告業界はクリエイターエコノミーとどう向き合うべきか
2023年10月1日から、ステルスマーケティング(ステマ)が景品表示法による規制の対象となった。また、そもそもインフルエンサーの推奨に対する生活者のリテラシーは上がっており、しっかりプランニングされた精度の高い施策しか今後は意味をなさないだろう。
したがって、クリエイターの活動のうち、「間接課金」の領域は、今後大きな成長を見込めるものではないように思われる。では、企業・ブランドはこうした潮流の中でクリエイターとどう関係性を築いていけばいいのか。
それを考えるにあたっては、マーケティングの4P:Product(製品)、Price(価格)、Promotion(販促)、Place(流通)に一度立ち返ることが有益だ。これまでは、企業・ブランドが開発した商品が世に出る段階で著名なインフルエンサーに依頼し、それを宣伝してもらうというPromotionが中心的だった。しかしながら、今後は共同で商品を開発したり(Product/Price)、そのクリエイターのSNSやECサイトに相互乗り入れしたり、特別なポップアップ店舗を設けたり(Place)といった組み方が増えていくだろう。
バイロン・シャープは、現代のマーケティングは「MENTAL Availability(ブランド想起のしやすさ)」と「PHYSICAL Availability(入手しやすさ・購買機会の高さ)」の積算をどう最大化するかの戦いであるとシンプルに整理してみせたが、インフルエンサー/クリエイターとの協業を4P全体に拡張させていくことは、その両者に効果をもたらすものだ。
その点からすれば、2023年に発売された大ヒットを記録した、全国のセブン-イレブン限定で発売されたヒカキンと日清食品のコラボ商品「みそきん」は、クリエイターと既存ブランドのコラボレーションとして画期的な成果を生んだと言えるだろう。
クリエイター自身が自らのブランドを立ち上げる動きはますます活発化しており、MCN(Multi Channel Network:クリエイターを束ねその活動をサポートするマネジメント事務所)もそうした支援事業を展開するようになっている。例えば、UUUMは「MUUU(ムー)」というクリエイターグッズを販売するウェブサイトを運営しており(正式にはUUUMのグループ会社の「P2C Studio」が運営)、TORIHADA子会社のPPP STUDIOもクリエイターのオリジナルグッズを販売する「PPP MALL」を2024年4月にローンチした。
アメリカでは「Night」というクリエイターマネジメント会社が目覚ましい成果を上げており、現在YouTube登録者数が2.5億人に到達したMrBeastと共同で開発した「Feastables」というスナックブランドは、セブン-イレブンをパートナーとして、オンラインだけに限らない販路で大きな成果をもたらした(先述のPHYSICAL Availabilityの最大化でもある)。
(Feastables公式サイトより)
Night内ではマーケティングチームとそこに資金を注入するための投資チームが連動しており、トップクリエイターの知名度とそのブランド開発能力を最大限に生かした新規事業の創造を進めている。まさに、クリエイターエコノミー時代のスタートアップスタジオといった向きだ。
思えば、広告業界の発展は、その時代ごとにこれから成長するであろうメディアに投資し、それらのビジネスグロースに尽力することで生まれてきた。その連綿とした営みの結果、産業として育ってきたわけだが、ひるがえっていま私たちが伴走するべき新しいメディアとはクリエイターに他ならないはずだ。そこで果たすべき役割とは、生活者とクリエイター(というメディア)の間に入ることでその価値を増幅するエージェンシーとして、クリエイターエコノミーの発展に寄与することではないだろうか。
<参考文献・引用文献>
「国内クリエイターエコノミーに関する調査」(2023年)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000019.000082387.html
電通メディアイノベーションラボ 主任研究員
1986年生まれ。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。若年層の消費行動やSNSのトレンドに関する研究・コンサルティングを専門とする。近著に『新世代のビジネスはスマホの中から生まれる―ショートムービー時代のSNSマーケティング―』。その他、『シェアしたがる心理』、『SNS変遷史』、『情報メディア白書』(共著)、『広告白書』(共著)等。明治学院大学非常勤講師。セミナー登壇やメディア出演の経験多数。