「リキッド消費」

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リキッド消費は、「短命性」「アクセス・ベース」「脱物質的」という3つの特性を持つ、デジタル化した情報環境の中で生まれてきた現代的な消費スタイル。特にブランディング領域に与える影響が大きく、その視点からの注目度が高まっている。

 社会のデジタル化が私たちのコミュニケーションや消費のありかたに与えた影響は甚大で、今日ではさまざまなかたちでその実態を解き明かそうとするアプローチが試みられている。その中で、本稿が採り上げるのは「リキッド消費」(liquid consumption:液状化消費)である。2017年にバーディ&エカートが発表した論文がその嚆矢(こうし)  だが、日本では青山学院大学経営学部の久保田進彦教授が中心的にその概念を紹介・啓発している。

 この言葉のニュアンスから感じ取れるように、私たちのものの買い方や、そもそも買おうとしている商品・サービスの輪郭が曖昧になり、またそれらとの結びつきが流動的になっているさまを示している。久保田(2019)によれば、リキッド消費とは下記の3つの性質によって定義づけられる

(1)短命性:価値が文脈特定的となり寿命が短くなるephemeral(エフェメラル・一時的※編集部注) な 性質を持ちがちになる

(2)アクセス・ベース:所有権の移転が生じない取引によって構成される商品・サービスが増える

(3)脱物質的:同じ水準の機能・効能を得るために、物質をより少なく(あるいはまったく)使用しなくなる傾向が見られる

 この対義語が、リキッドに対する「ソリッド消費」であり、物質的な基礎付けのある財を永続的に所有することがベースとなる。例えば、車や自転車を買うこと、DVDやCDを所有すること、撮った写真を現像・保存しておくこと…といったものがソリッド消費のあり方だ。しかし、それらはデジタル社会のインフラに乗っかるかたちで、シェアリングやサブスクリプション、クラウドストレージといったサービスの中で実現されるリキッドな消費のあり方へと変容している。その他、注文すれば食事や荷物をすぐに配達してくれるオンデマンドサービスなども含まれる。

 やや一般化するならば、デジタルコミュニケーションの環境が整ったことで、好きなときに好きなものを選択できたり、モノを持たずに軽やかなライフスタイルを享受できたり、さらには従来よりもコスパ良く商品やサービスの機能・効能を受容できるようになったり…と生活者側の利便性が大いに高まったということ。そうした潮流にどう対応していくかは、多くの関係者が直面するマーケティング上の中長期的な課題となりうるはずだ。現に、巷間語られる若者の「○○離れ」は、実はリキッド消費に移行しているだけだったという場合も少なくない。

 ただし、久保田教授が注意を促すように、リキッド消費をシェアリングやサブスクといった個別のサービスや体験と紐づけるのは適切ではない。そういった具体的な現象を支える基盤的な変化として捉えるべき抽象的概念である。また、ソリッド消費からリキッド消費へと刷新されたわけではなく、両者は共存しているし、若年層との相性は良いがZ世代特有の消費行動というわけでもない。

 さらにいえば、こうしたコンセプトがより顕著に反映された商材のジャンルとそうでないものがあると筆者は考えている――逆に言えば、こうした概念にさほど右往左往しなくても良い商材群もあるといえる。例えばリキッド消費の事例を考えるにあたって、差別化しやすく、生活者が細かな差異を楽しむバラエティシーキング色の強い領域は相性が良いと考えられるが、さらにそこにトレンドの要素が加味されたファッションの世界、特にラグジュアリーブランドの領域に着目することで、筆者はより一層議論を深めることができると考えている。

 元来ファッションの世界は、服やアクセサリーといった確固たるフィジカルな実体があり、私たちはそれを所有することによって喜びや誇りを享受してきた。また流行り廃りはあるものの、一度買ったらなるべく末永く着用し続けられるような、タイムレスな価値を持つことが特に高級ファッションの前提となっている。つまり、リキッド消費の三要件と対照的であるわけだが、だからこそ、その領域を観察することがリキッド消費の考察に非常に役立つと言えるだろう。

 ここでは、ラグジュアリーブランドを対象に、そのリキッド性の進行を考察した「Liquid Luxury」という概念を中心に考察を進めていきたい(Fleura Bardhi, Giana M. Eckhardt, and Emma Samsioe [2020]を参照)。

 まず、分かりやすいところから話を進めると、リキッド消費の特徴的な形態である「シェアリングサービス」がいまでは広く知られるようになっている。買って所有することなしに、高級ブランド品にアクセスすることができるようになった。アクセス・ベースな接点が生まれたことで、所持し長く愛着を育てていく喜びだけでなく、さまざまな種類を着まわす喜びが実現されやすくなったともいえる。

 また、近年ではラグジュアリーブランドがメタバース上でブランドのショーを行ったり(例えば2023年のGucci「ANCORA」)、アバター用のスキンを提供したりすることで、α世代(※)向けにブランドの脱物質的な体験を創出している。

リキッド消費
リキッド消費2

Gucci公式サイトより

https://www.gucci.com/jp/ja/st/stories/article/cosmos-london-sandbox

 短命性の観点でもその影響は明らかで、ラグジュアリーブランドの商品点数や回転率は上昇し続けており、メゾンのショー/コレクションの数もそれにともなって増加。つまり、どんどんアイテムの寿命がephemeralになっているのだ。例えばDIORは年2回のショーを、カプセルコレクションなどを加えて年6回へ増加させている。

 新しいもの(Novelty)の価値が尊ばれるのは、まさに本連載で以前紹介した「HYPE」の影響でもある。筆者の考えでは、現代人のHYPEへの欲求とリキッド消費の広がりは表裏一体の現象である。

「Hype」

https://adv.asahi.com/marketing/keyword/14863532

 アイテムの寿命がエフェメラルになることによって、顧客は所有なきアクセス・ベースな消費を望むようになる――といったかたちで、3つの要素は連動しあっている。その帰結として、個々のブランドへの愛着よりも、そうしたラグジュアリーなものを身につけているというアクセスの証こそが重要な社会的記号となる。

 そして、さらに踏み込むならばそれらを見せびらかす喜びが強い動機付けになっており、実際に、注目資本(Attention Capital)――フォロワー数や「いいね」数など――を稼ぐためには、SNS内でシェアすることができればよく、フィジカルなアイテムを実際に所有していなくてもいいのだから。

 こうした消費活動のかたちの変化に着目することの利点は、私たちが何に価値を認めるようになっている(あるいは認めなくなっている)のかを再解釈する契機を得ることだ。情報メディアの進化とリキッド消費との関連性に引き続き注目されたい 。

※)2010~2024年ごろまでに生まれた世代。オーストラリアのコンサルタント、マーク・マクリンドルが名付けた。2024年現在では14歳以下の子どもを指し、学年でいうと中学2年生までがアルファ世代にあたる。▶出典:クロス・マーケティング ウェブサイト
https://www.cross-m.co.jp/column/marketing/mkc20230530/

久保田進彦(2019)「消費環境の変化とリキッド消費の広がり― デジタル社会におけるブランド戦略にむけた基盤的検討」

Fleura Bardhi, Giana M. Eckhardt, and Emma Samsioe [2020] “Liquid luxury”, Research handbook on luxury branding, Felicitas Morhart, Keith Wilcox, Sandor Czellar, Edward Elgar Publishing, pp. 22–42

 
天野 彬(あまの・あきら)

電通メディアイノベーションラボ 主任研究員 


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1986年生まれ。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。若年層の消費行動やSNSのトレンドに関する研究・コンサルティングを専門とする。近著に『新世代のビジネスはスマホの中から生まれる―ショートムービー時代のSNSマーケティング―』。その他、『シェアしたがる心理』、『SNS変遷史』、『情報メディア白書』(共著)、『広告白書』(共著)等。明治学院大学非常勤講師。セミナー登壇やメディア出演の経験多数。