「AIエージェント」

AIエージェントとは、デジタル環境や物理世界に適応しながら多様なデータを収集・統合し、目標達成のために継続的にタスク処理を行う自己駆動型システムのことです。電通メディアイノベーションラボ主任研究員の天野彬さんが詳しく解説します。
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AIエージェントとは、デジタル環境や物理世界に適応しながら多様なデータを収集・統合し、目標達成のために継続的にタスク処理を行う自己駆動型システムである。

 さまざまなメディアが報じているように、2025年はますます過熱するAIトレンドにおいて「AIエージェント」が一大注目ワードになっている。

 では、そもそもAIエージェントとは何だろうか?

 キーワード部分で定義したように「AIエージェントとは、デジタル環境や物理世界に適応しながら多様なデータを収集・統合し、目標達成のために継続的にタスク処理を行う自己駆動型システム」のことである。イメージしやすいように平易なかたちで表現すると、面倒なタスクを自分のいないところでちゃちゃっと済ませてくれる優秀な助手・秘書のようなものだ。

 AI関連のバズワードは枚挙にいとまがなく、やや訝しいものも含まれるが、AIエージェントには注目されるに足る背景があることをはじめに指摘しておきたい。

 AIの進化の歴史を考えると、まず第一波として挙げられるのが〈予測〉用途のものだ。マーケティングの分野でいえば、需要予測や広告出稿シミュレーションなどに使われてきたものを思い浮かべることができる。複雑な計算や面倒なプロセスを省力化・代替化してくれる流れはここからすでに始まっていた。

 第二波は、いわゆる生成AIブームを包括するような、〈対話型アシスタント〉である。古くは事前に設定した一定のコマンドやトリガーに反応するタイプのBotを想起することができるだろう(似て非なるものではあるが)。その後、2020年代前半から普及し始めた、ChatGPTに代表されるような自然言語のやりとりを通じてユーザー側の質問や要求に逐一応じてくれるものが〈アシスタント〉だ。テキスト、画像、音楽/音声、動画…とモーダルの違いはあれど、仕組みは共通している。

 そして第三波こそ、それらをベースに自立的にタスクをこなしてくれる〈エージェント〉であると位置づけられる。進化の系譜を踏まえると、こここそが次の本丸だと言えるのだ。

 なお、定まった考え方があるわけではないが、第四波は〈ロボティクス〉で、AIを兼ね備えたロボットやドローン、自動走行などが含まれる。そして、第五波は〈汎用AI〉だ。

 ただし、一部の専門家は、AIエージェントは「自律的に行動を起こすことができる、推論と計画の能力を備えたエンティティ」であるという定義には同意しつつ、この推論と計画能力をどう見積もるかについては議論の余地があることを認めている。確かにその定義に沿ったAIエージェントは存在するだろうが、果たしてその精度はいかのものなのかが問題だというわけである。

 この冷静な接し方は重要だ。そのうえで、いますぐに大変革が始まるというよりは、着実なユースケースを積み上げていくための実験が始まりつつある。そうした意味での「元年」だと理解しておけば、冒頭のタイトルに修正を加える必要はないだろう。

 定義からも導出されるように、AIエージェントの特徴は「自律的な情報収集・学習と意思決定能力」がベースとなる。中核をなすプランニング・コンポーネントであるLLMは、人間の認知を「受け継いだ」ものゆえ、私たちと同様に思考し課題解決を進めることができる。さまざまAPIと連携してデータを整備することでその範囲は拡張され、さらにマルチモーダルな情報収集を行えるようになれば、デジタル空間上だけでなく、ロボットが人々の代わりの助手として面倒なタスクをこなしてくれるようにもなるだろう(第三波→第四波)。

 現時点で考えうるユースケースとして、よく挙げられるのが旅行などの手配だ。出張手配の際、混雑状況や天候、交通情報をリアルタイムで考慮し、最適な移動手段を確保し手配まで完了してくれる(もちろん、現時点では決済など人力で行わなければならないが)。自分のスケジュールデータと照合して、他のオンライン会議などとのバッティングを避けて、時間を確保できるよう最適に調整してくれたりもして利便性が高い。

 個人のタスク処理代行に加えて、組織単位で見た業務効率化においても、例えば標準化されたビジネスプロセスを自動化することなどが挙げられる。正確かつ迅速に反復タスクを処理することで、人的ミスを減らし、私たちがより価値の高い業務に集中できるようにしてくれる。広告プランニングの領域では、AIエージェントは人間のチームでは対応できない規模でデータを分析・合成し、パターンを特定して戦略的な意思決定を促す洞察を提供してくれる。〈対話型アシスタント〉が複数プロセスを自発的に繰り返すようなものであり、より複雑度の高い作業を任せられるようになる。その際、どれだけのデータ資源を持っているかがカギを握りそうだ。

 将来的にはAIエージェント同士の協業が視野に入ってくる。いつも黒の革ジャンでおなじみNVIDIACEOのジェン・スン・フアン(Jen-Hsun Huang)氏は、「企業のIT部門はAIエージェントのHR部門になる」と予言している。先進的な企業では、従業員がそれぞれのAIエージェントをもつことになる。そして、対人コミュニケーションはもちろん、それぞれのAIエージェントとAIエージェントとがやりとりを進めてタスクを処理していくようなビジョンが描かれる。一人ひとりに「助手」が複数人ついているようなものなので、生産性は大いに向上するはずだ。

 広告コミュニケーションの話に引き寄せるため、まずそもそもAIによるパーソナライズ広告の利点は何であるのかを整理しよう。調査によれば、生活者の40%が新しいブランドの発見や関連性の高いブランドの提案性の高さをそのメリットに挙げている。

https://www.statista.com/topics/12253/perception-of-gen-ai-use-in-advertising-in-the-us/#topicOverview

 また、AIエージェントによりパーソナライズされたショッピング体験が収益の伸びをもたらしたと報告した小売業者の割合は69%というデータもある。広告コミュニケーションとは、(見込み)顧客に自分に関係のある(Relevanceの高い)情報だと感じてもらうための取り組みであるから、この結果にも納得のゆくものがある。

https://www.allaboutai.com/ai-agents/statistics/#ai-agents-in-retail-statistics 

ここから転じて、「エージェントコマース」なる概念も注目されるようになった。AIエージェントがユーザーに代わってオンラインショッピングを自律的に実行してくれる形態を指しており、まだ本格的な普及段階の手前ではあるものの、企業・ブランドにとって新しいマーケティング戦略の可能性を指し示している。上述のように、新しいブランドの発見や関連性の高いブランドの提案性の高さを持ち、手間がかからなくなるのであれば生活者からは大歓迎されるほかない。

 AIエージェントが普及し十分に発達していくと、私たちのコミュニケーションの新たなゲートキーパーになる。そのとき起こるのは、広告を受容・選択するのはAIエージェントになるという役割のシフトである。例えば、AI検索エンジンPerplexityのファウンダーであるアラビンド・スリニバス氏などはそうしたオピニオンを積極的に発信している(ややポジショントーク的な側面も否定できないが)。

 その傾向が進むのだとすれば、生活者にとってわかりやすい情報や心地よい体験を提供するUser-Friendlyから、AIエージェントに情報を選んでもらいやすくするためのAgent-Friendlyの考え方が重要になるかもしれない。広告コミュニケーションの公準がUser-FriendlyからAgent-Friendlyへと拡張していくだろう。

 条件を満たす商品の絞り込みの精度を上げていくために商品スペックの機械側の可読性を上げることが求められるだろう。その一方で私たちは商品そのものの情報やスペックだけを見て判断するわけではないので、社会的な評判や一人ひとりの好みや趣向性をいかに組み込むかが問われるようになるはずだ。

 最後に付け加えると、ビル・ゲイツ氏はAIエージェントが将来的に一人ひとりのセラピストのようになっていくと予測する(特に医師の偏在問題とあわせて、メンタルヘルスにとってポジティブな影響があることを期待しているようだ)。そうすると買い物の相談相手になり、私たちはオンライン上の衝動買いをしなくなる可能性もあるのではと筆者は考えている。そして、利用者とAIエージェントの距離がさらに緊密なものになっていくのだとすれば、Friendlyになっていくという予測は二重の意味で正しいと言えるのかもしれない。

天野 彬(あまの・あきら)

電通メディアイノベーションラボ 主任研究員 


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1986年生まれ。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。若年層の消費行動やSNSのトレンドに関する研究・コンサルティングを専門とする。近著に『新世代のビジネスはスマホの中から生まれる―ショートムービー時代のSNSマーケティング―』。その他、『シェアしたがる心理』、『SNS変遷史』、『情報メディア白書』(共著)、『広告白書』(共著)等。明治学院大学非常勤講師。セミナー登壇やメディア出演の経験多数。