楽しさ、不安。ママたちのリアルを世の中に伝えたい
──『VERY』は、年1回、朝日新聞紙面に全15段広告を掲載しています。近年、小説家・柚木麻子さんによるエッセーを抜粋した「ママに武器なんていらない」(2020年12月)が注目を浴びるなど、読者の心にストレートに響く内容が印象的です。
毎号の掲載内容は新聞の5段広告でお知らせしていますが、全15段広告は年に一度の機会なので、ママたちへの応援メッセージを1枚のポスターのようなスタイルで作らせていただいています。
『VERY』のメイン読者は、妊娠・出産してから子どもが小学校低学年になるぐらいまでの女性たちです。1995年の創刊当初は、読者の大半が専業主婦の方々でしたが、今は、仕事をしている方が7割ほど。初めての育児と向き合う方、2人目、3人目のお子さんが生まれた方……時短で働いていたり、転勤があったり、ワンオペの状況だったり、仕事を辞めたりと、読者のライフスタイルは本当にさまざまです。
こうした子育て世代のママの日常を応援することが、『VERY』のコンセプト。それと同時に、ママたちの新しい考えや行動を世の中に伝えたいという思いを持っています。今回の広告は、『VERY』読者の方々に共感していただくことはもちろん、新聞を読む他の年代の方々にもVERY世代のママたちに関心を持ってもらいたいと意識しました。
──今回のコピーをはじめ、広告に込めた思いを教えていただけますか。
4月はお子さんたちの入園・入学式が行われますし、育休中のママが復職することの多いシーズン。春に新たな一歩を踏み出す子どもたちと同様に、ママたちも時間の使い方が変わる、新しいステージの始まりです。ワクワク・ドキドキばかりではなく、大きな不安を抱えていらっしゃるママたちもたくさんいると思います。
今回は、そういったママたちの気持ちや状況を最大限にポジティブな表現に言い換えて、ママたちにエールを送りたいと考えました。
コピーは、「ママは春、何度でもスタートラインに立っている」としました。入園・入学を迎えた子どもだけでなく、子どもの節目の数だけ、ママは何度でもスタートラインに立てるんだ、と言う気づき。それはママ冥利に尽きるのではないかと。親となったママにも、これからもチャンスはいっぱいあるし、やり直しがきくんだ、と言うメッセージを込めました。
写真は4月号のファッションページで撮影したもので親子2人が手をつなぐ希望に満ちた写真を選びました。
今は、0歳や1歳から保育園に子どもを預けることが当たり前になりつつありますが、復職するママたちは、小さな子どもと離れがたい葛藤がある方もいらっしゃると思います。VERYはこの時期に合わせて、識者や先輩ママへの取材記事を作ったり、復職前に時短家電や時短ファッションをご紹介させていただいたり、少しでもママたちの日常のヒントになったり、心が軽くなっていただけたらいいなと思って春の号を作っています。復職前にパートナーと十分話し合うことについても、テーマとしてよく扱っています。女性と同じように、家事育児を自分ごと化する男性が増えていますが、ママ側のタスクは、まだまだ多いと感じています。
『VERY』としては、半歩先行くロールモデル的な女性たちをクローズアップするだけでなく、社会の中で変わっていかない部分や、一見変わったように見えても、実は全く進んでいない部分も同時に取り上げていきたいと思っています。
──これまで新聞に掲載した『VERY』全15段広告の反響はいかがでしたか?
過去にさかのぼると2015年、創刊20周年のタイミングで、「妻たちの逆襲、に気をつけて!」というコピーで、パートナーに向けたメッセージを掲載しました。仕事に忙しく、家事や育児を妻任せにしている読者の夫に向けた広告を打ち、「家族の中心で、いつも笑顔でいようとする奥さんに『ありがとう』という前に、ストックの切れそうなトイレットペーパーを買ってこよう。言葉より、そろそろ態度で示そうよ」と投げかけました。
反響としては、「この広告をトイレの壁に貼りました」「夫婦一緒にメッセージを読み、お互いの会話につながりました」などといった女性からの共感の声を多くいただきました。
──社会の状況や、読者世代の特徴を的確につかんでいらっしゃいます。編集部では、読者調査を重視していると伺いました。
ある1人の方に対し、1人もしくは少人数の編集部員がインタビューするスタイルで、読者調査を長く続けています。編集部が『VERY』の読者像を決め付けるのではなく、みなさんから教えていただく姿勢を大切にしたいと思っているからです。もちろん、定量調査で属性を把握することも大事ですが、お一人おひとりのバックグラウンドは異なりますし、伺ったお話からは、具体的な気づきが得られます。毎号の企画は、10数名の編集部メンバーから約200本近く挙がってきますが、読者から直接伺う声が企画の出発点になっていることがとても多いです。
「デジタルデトックス」としての雑誌読者も
──『VERY』の読者は、さまざまなデジタルツールを使いこなす世代です。今の時代、紙媒体である雑誌を発行する意義についてどのように考えますか。
雑誌は、1冊を通してコンテクストを伝えるメディアです。その一方で、読みたい企画が1つあるだけでも購入する方がいますし、読もうと意識していなかった記事が偶然目に留まり、新たな発見につながることもあると思います。
読者世代の中にも、「デジタルデトックス」ありきで、必要な情報が1冊にまとまった雑誌の方が効率的に読める、とおっしゃる方もいます。
一方で『VERY』は、ウェブサイトでも記事を多く発信し、SNS運用にも積極的です。今は電子版の読み放題サービスを利用する読者も多く、それらを合わせた現在のオーディエンス数は月に約580万にもなります。
雑誌は、読者の手元に届くまで、編集、印刷、販売など多くの工程がある、ある意味手間とお金のかかるラグジュアリーメディアなので、価格は今後もっと高くなると思います。このカルチャーを楽しむ余裕のある人は限られていくと思いますが、これからの時代に合わせた、新たな習慣を作っていけたらと思います。
──同じく紙媒体である新聞について、メディアとしての一番のメリットはどこにあると思われますか?
報道の使命に基づいて、一次取材を時間とお金をかけてされている圧倒的な信頼性でしょうか。私たち雑誌の作り手が、読者の方の期待を裏切らないように心がけていることと共通していますし、新聞への広告掲載を通じて、多くの読者の方に安心感を持っていただけると思います。
ジェンダーギャップ、環境問題……読者と考える社会課題
──社会にとって公共性のある情報を届けることは、新聞をはじめとするマスメディアの責務でもあります。『VERY』では、世の中へどのような働きかけをしていきたいですか?
編集部内の方針として「ファッションでママたちの日常を応援する」「夫婦間ジェンダーギャップを解消する」という、2大テーマを設けています。毎号のファッション記事は全体のページの7割ほど。後半の読み物記事は、根底に夫婦間ジェンダーギャップが起因しているテーマのものが多いです。
例えば、「矢野顕子さんの『ラーメンたべたい』って子育てママの歌?」(2024年4月号)には、「40年前の歌詞に込められた孤独な育児のやるせなさが、今もママの心に染み入るのは大問題!」という思いを込めました。夫婦間コミュニケーションや、夫の育児参加について複数の著名人から意見を伺い、その中のお一人、小説家の金原ひとみさんは、自身の経験を交えて、「子育て中のママがラーメンを食べられないのは人権問題」ともおっしゃっていました。他にも、「これってどう思う?」「みんなはどうしてる?」といった柔らかい切り口での問題提起で、雑誌の中でママたちとVERYが会話しているような感覚で企画を作っています。
──「カーボンニュートラル」(脱炭素)のような環境問題も誌面で特集しています。
1人のママの個人的な悩みは、社会の課題につながっていると教えてもらったことがあります。私はよく、「ママになると、突然100の社会課題にぶち当たる」とママたちの状況を説明させていただくことがあります。独身時代、自分のことだけなら難なくハードルを乗り越えられたのが、子どもが生まれた途端、数々の社会制度の違和感に気づいたり、身動きが取れなくなったりするのが、『VERY』世代の読者です。
私が編集長に就任した16年前は、SDGsという言葉もまだ広まっていませんでしたが、当時から、ママたちは環境問題、そして子供の未来にもちろん高い関心がありました。家庭の中で実践している環境のためのアクションを取材させていただく機会も多かったです。ママが学ぶ姿勢を子どもに見せたいと思う方、リスキリングされる方も、ますます増えていると思います。
こうした読者の皆さんの関心事を「一緒に楽しく、考えていこう」というスタンスは続いていくと思います。
コロナ禍の読者調査から生まれた新キャッチコピー
──現在の『VERY』のキャッチコピーは「私たちに、新しい時間割り」です。
長らく、「基盤のある女性は、強く、優しく、美しい」というタグラインを続けてきました。「基盤」は、家族を意味します。パートナーとスタートラインに立つ前向きな気持ちと、女性たちの心意気を表現したこのタグラインは、採用した当時から共感をいただいてきましたが、時代の変化もあり、コロナ禍をきっかけに今のコピーに変えました。
その頃、子どもを産んだママたちは、「里帰り出産できない」「病院での立ち会いもない」「外出が怖い」といった孤独さを抱えていました。オンラインで読者調査をすると、他にも「夫以外の人と何カ月も会えていない」「3食を作るストレスでメンタルがやられそう」などという声をたくさん聞きました。
それでも、コロナ禍の生活に慣れると、ほぼ100%の方が「前に戻りたくない」と言われるんです。今まで、男性中心の会社のシステムに自身を当てはめていたけれども、リモート勤務が普及して、時間の使い方がちょっと変化するだけで、こんなにママの負担が減ったり、家族のコミュニケーションが増えたり、効率的になれるんだ、と気づいた人がとても多かった。ママたちから教えてもらったことが、今のコピーの言葉につながりました。
家族の“時間割り”に正解はなく、子どもの成長や状況ともに変わるものです。毎号の巻頭ページでは、ママと家族の週間タイムスケジュールをピックアップしてご紹介していますが、読者に人気があるコンテンツです。
また、コロナ禍に伺った声をきっかけに、産後、外出がしづらい状況のママたちと一緒にできることとして、月1回、読者と編集部をつなぐオンラインコミュニティー「VERY児童館」を始めました。同じ状況のママたちが繋がって、赤ちゃん育児のためになるインプットと、少しでもホッとする時間をご提供できたらという思いでした。こちらも好評で、読者とのコミュニケーションツールのひとつとして、現在も継続中です。
──今後の『VERY』が目指したいことを教えていただけますか。
ママたちが抱えるモヤモヤや悩みを、一緒に考えていくスタイルは変わらないと思います。最近のママたちはさまざまな課題に対しての向き合い方がとてもアクティブです。子どもたちのために、自分たちで現状を変えようとアクションを起こす女性をクローズアップする記事が増えていると感じます。
──今尾さんご自身も、仕事と子育てを両立しながらキャリアを築かれています。ご自身の経験から『VERY』読者の方に伝えたいことは?
家族の状況や環境はそれぞれ違うので、私には私の、我が家には我が家の答えを出していくしかないですよね。それでも、私もVERYで取材させていただいた記事からヒントをいただくことはたくさんありました。ママが「恵まれた環境がなければ、自分らしく生きられない」「ママになったから諦めることが増えた」と思うことのない社会を目指したい。それは、子どもたちが大人になるまでに、自分が感じた不条理や社会課題を解決したいという普遍的な気持ちです。『VERY』はそんな願いを持つママたちと繋がっているメディアだと思います。