2023年8月26日より横浜のニュースパーク(日本新聞博物館)にて、「時代の言葉。コピーライターがつくった新聞広告名作120選。」が開催。会期は前期と後期制で、前期(8/26〜10/22)は、安藤隆氏、一倉宏氏、岩崎俊一氏(故人)、後期(10/24〜12/24)は、児島令子氏、前田知巳氏、眞木準氏(故人)がコピーを手がけた新聞広告が展示されます。
本展を企画・監修したのは、多くのコピーライターとともに広告の名作を制作してきたアートディレクターの副田高行氏。副田氏に企画の背景や展示の見どころについて伺いました。
新聞広告は作り手の情熱とクリエーティブの本質が詰まった「一語一絵」
──本展を企画した背景について聞かせてください。
広告の展示会というと、これまではアートディレクターやデザイナーの個展や企画展が中心で、コピーライターの展示会はほとんどありませんでした。仲畑貴志さんの展示会(「大仲畑展mini〜コピーライター仲畑貴志のぜんぶのいちぶ」2016年)ぐらいじゃないかな。僕は新聞広告を中心に制作してきたアートディレクターで、仲畑さんをはじめ多くの優秀なコピーライターと一緒に仕事をしてきました。
5年前の2018年にニュースパークで展示会(「時代の空気。副田高行がつくった新聞広告100選。」)を開いた時にも感じましたが、コピーライターの仕事はもっと注目されていい。できれば原寸大で“本物”を見てほしい。そんな思いから今回の展示会を企画しました。ADC年鑑やTCCコピー年鑑、また、パソコンやスマホなどの小さい画面でしか名作を見たことがない方は、原寸大の作品に”何か”を感じるのではないでしょうか。今回の企画展は、実際のゲラをかき集めた、今後あるかどうかわからない、貴重な機会だと思います。
──展示を新聞広告で統一した理由は。
研ぎ澄まされた言葉とビジュアルが一枚絵に凝縮された新聞広告は、”広告の原点”と言えるものです。本展の後期で取り上げる名コピーライターの眞木準さんは、ワンコピー・ワンビジュアルで成り立つ広告を「一語一絵」と言いました。新聞広告は、作り手の情熱とクリエーティブの本質が詰まった「一語一絵」です。
今の若い広告制作者の関心はデジタルが中心で、屋外広告などのデジタル化が進むにつれて紙の印刷物に携わる機会自体も減っています。一般生活者が触れるメディアもデジタルに傾きつつあります。しかし、いくらデジタル化が進んでも、言葉によるコミュニケーションは普遍です。プレゼンという広告用語がビジネスシーンなどでも使われるようになり、自分のビジョンや企画を通すための言葉の重要性はむしろ高まっているのではないでしょうか。アメリカの広告会社・DDBの創始者のひとり、ウィリアム・バーンバックさんが残した「広告は、言葉のビジネスだ」という言葉が思い返されます。
新聞広告を通して「伝わる言葉」に触れることは、広告制作者はもとより、一般の方々にとっても有意義ではないかと考え、新聞広告の名コピーを集めて展示することにしました。
──6人のコピーライターはどのように決めたのですか?
6人とも一緒に仕事をしたことがある方たちです。そのうち5人は僕とほぼ同世代で、日本の経済成長とともに繁栄した広告をコピーでさらに輝かせました。前田知巳さんはやや世代が若いですが、他の5人と同様に社会に新しい価値を提案してきたコピーライターとして外せないと思いました。本展では6人の仕事を20点ずつ(シリーズを含む)展示し、それぞれにご本人による解説文を付けています。
展示する広告は、まず僕の目で選んでご本人に打診し、「こっちよりはこっちを」などと提案を受けながら一緒に決めていきました。故人の岩崎俊一さんについては、彼の仕事をよく知る岡本欣也さん(コピーライター/クリエーティブディレクター)、斉藤順一さん(アートディレクター)、岩崎亜矢さん(コピーライター/クリエーティブディレクター)、同じく故人の眞木準さんについては、戸田裕一さん(博報堂DYホールディングス取締役会長兼博報堂取締役会長/元コピーライター)、戸田正寿さん(アートディレクター)に解説文を書いていただきました。
──解説文はいずれも500字前後の、コピーライターの〝体温〟を感じる長文ですね。
コピーに一家言ある方々が書いてくれたので、どの解説文もすばらしく、読み応えがあります。同じ業界にいる僕でさえ知らない制作秘話もたくさんありました。しかも皆さん、出稿当時の時代背景や商品のマーケティング的なことまでよく覚えているんですよ。いろいろと考え抜いた上でコピーを作るから記憶に残っているんでしょうね。その内容は広告史として貴重ですし、新聞広告に携わったことがない若いクリエーターが読んでも非常に学びが多いと思います。実際に、多くの若い方が来場しており、熱心に見入っている姿が印象的です。
展示した広告と解説文は、『刻んでおきたい名作コピー120選』(玄光社)という1冊の本にまとめました。企画展に来られない方でも、書籍なら何度も反芻できるので、教材の一つとして役立ててもらえたらと思っています。
コピーは人々のライフスタイルを一変させるほどの影響力を持っている
──6人のコピーライターについて、副田さんの印象を聞かせてください。
安藤隆さんは僕がサン・アドにいた時の同僚で、とても気が合いました。お互いの作風に刺激を受け合う関係でもあり、僕と一緒に仕事をしたサントリー レゼルブの広告コピー「タノシイマイニチ、ニコニコワイン。」で開眼したと言ってくれています。彼は、水やお茶をわざわざ買って飲む習慣が日本になかった時代に、自主プレゼンを通してウーロン茶の広告を作り、商品のヒットにつなげたのです。自主プレゼンですよ。水やお茶を買う文化、いわばライフスタイルを日本に定着させた人、世の中を動かした人、と言っても過言ではありません。
一倉宏さんは、知性の人。文学界でも活躍できる知性の持ち主だと思います。岩崎俊一さんは、企業のステートメントを見事に言語化できる人。コンペで岩崎さんがプレゼンをすると、クライアントの経営陣はことごとくコロッと参ってしまったそうです。
児島令子さんは、たくましいコピーを書く。今のコピー界をけん引する実力者です。前田知巳さんは、パンクな社会派。宝島社の「おじいちゃんにも、セックスを。」など、彼が書くコピーにはいつも驚きと気づきがあります。眞木準さんはオシャレな人で、伊勢丹の広告コピーなどは徹底的にオシャレ。「恋を何年、休んでますか。」というコピーはドラマのタイトルにもなりました。
──本展を通じてコピーの影響力を改めて知った人は多いのではないでしょうか。
コピーは人々のライフスタイルを一変させるほどの影響力を持っています。僕より上の世代では、土屋耕一さんが週休二日制になった時代を捉えて「こんにちは土曜日くん。」という伊勢丹のコピーを書き、新しく生まれた休日を楽しもう、と提案しました。同じ頃にサントリーも「金曜日はワインを買う日。」というコピーを打ち出し、週末にワインを楽しむライフスタイルを提案しました。
天才コピーライターの仲畑貴志さんは、「人類は、男と女と ウォークマン。」というソニーのコピーを通じて、歩きながら音楽が聴ける画期的な製品を人々に知らしめました。TOTOウォシュレットも、仲畑さんの名コピー「おしりだって、洗ってほしい。」をきっかけにその革新性が世に知れ渡りました。一倉宏さんは、僕と一緒にシャープの広告に携わり、「20世紀に、何を見ましたか。21世紀に、何を見たいですか。」などのコピーを通じて、ブラウン管テレビから液晶テレビへのシフトを決断したシャープの覚悟を伝え、薄型テレビによって変わる暮らしを提示しました。追随するメーカーが出てくると、そのつど差別化のポイントとなる要素をコピーに込めていきました。そして、こうした名コピーの多くは新聞広告が主な舞台でした。
──新聞広告の特性や影響力についてはどのように考えますか。
日本の近代の広告はアメリカの影響が大きいですが、古くから日本にある俳句や浮世絵、日本人の識字率の高さ、戦後の高度経済成長など、様々な要素があいまって独自の発展を遂げました。例えば、サントリーの烏龍茶の新聞広告などは、日本文化の中で暮らしているからこそ、その情緒的な表現が理解でき、しみじみと味わえるのだと思います。
しかも新聞広告は、隣に記事があります。時事ネタのみならず、文化、スポーツ、エンターテインメントなど、様々な情報に触れながら、広告を通じて企業の画期的な取り組みや新しいライフスタイルについて知ることができるのです。これは葛西薫さんが朝日広告賞の贈呈式で語っていたことですが、「若い人にメッセージを」と水を向けられると、「一人旅をしてください。そして新聞を読んでください」と、必ず2つ答えるのだそうです。それを聞いて、うれしかったですね。新聞は速報性ではネットにかないませんが、情報の深さ、多様さ、信頼性など、その価値はなお健在です。
僕のキャリアは新聞広告とともにありました。朝日広告賞のグランプリを受賞したことで仲畑貴志さんや小西啓介さんの目にとまってサン・アドに迎えてもらい、仲畑さんがデザインを任せてくれたサントリーのナマ樽の新聞広告でADC賞を受賞しました。安藤隆さんは本展に寄せた解説文の中で、「広告の王様といえば、なんといっても新聞広告だった」と書いていますが、僕もそうした時代を生きてきました。
僕は新聞が衰退したら日本は終わる、と思っています。特に若い人はもっと新聞を読んでほしい。本展が少しでもそのきっかけになったらうれしいですね。
企画展「時代の言葉。コピーライターがつくった新聞広告名作120選。」(日本新聞協会)の公式サイトはこちら。
2023年11月11日(土)には副田高行さんと前田知巳さんのトークショーが開催される予定です。
アートディレクター
1950年福岡県生まれ。東京育ち。68年、東京都立工芸高校デザイン科卒。スタンダード通信社、サン・アド、仲畑広告制作所を経て、副田デザイン制作所設立。東京アートディレクターズクラブ会員、JAGDA会員、1981年サントリー ナマ樽でADC賞受賞を機に、数々のキャンペーンを手掛けて現在に至る。
主な仕事に、トヨタ「ECOPROJECT」「ReBORN」、サントリー「ウイスキー飲もう気分」、シャープ「AQUOS」、高橋酒造「しろ」、ANA「ニューヨークへ、行こう」、earth music&ecologyなど。