物事の見方を変える企画力と、テクノロジーを駆使した“おもいもよらない”新聞広告

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 田中直基氏はDentsu Lab Tokyoに所属するクリエーティブ・ディレクター。同組織は、アイデアとテクノロジーで新たな表現開発や社会の課題解決の実践をするクリエーティブのR&D組織です。

 国内外の広告賞を数多く受賞し、2021年度朝日広告賞の「広告主参加部門」最高賞を受賞したサントリーの企業広告「人生には、飲食店がいる。」は、田中氏が手がけた仕事のひとつ。そんな田中氏に、Dentsu Lab Tokyoの特徴をはじめ、企画をする上で日頃から心がけていることやデジタル施策と新聞広告の相性や可能性などについてお聞きしました。

つくりながら考え、進化する。これからのクリエーティブの生み出し方

──Dentsu Lab Tokyoの誕生の背景や狙いを教えてください。

 広告業界はこの半世紀、テレビCMや新聞広告、屋外広告などに立脚し、発展してきました。2000年以降はデジタル化が進み、特に2010年頃からそれを支えるインフラも整い、これまでにないデジタル表現もできるようになっています。一方、広告制作の現場は、チームの作り方やプレゼンの方法など、制作のプロセスは基本的には表現の可能性が広がっているにも関わらず、プレゼンにおいてはカンプやVコン(動画による絵コンテ)などに落とし込めるものしか提案できない状況でした。

 理想は、紙やビデオの範疇を超えた表現に関しても、プロトタイプを作り、クライアントとアイデアを共有すること。しかし、その都度、外部の専門性を持ったスタッフに依頼してプロトタイプをつくるというのは、コスト面からも現実的ではありません。

 そもそも,今までにないデジタル表現は、つくり手の僕らにすら想像できないという面白さがあります。プロトタイプを動かしたり触ったりして気づくこともあり、アップデートしていく。クライアントに提案する前に、そういった実験の場が必要だったことから、Dentsu Lab Tokyoがつくられました。

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 これまでテレビCMやグラフィック広告を制作していたクリエーターも、新しいデジタル表現を企画するようになりました。ただ、デジタルの専門知識や経験が少ない中で考える企画は、実現しようとすると時間やお金が掛かりすぎるといった問題などにより、ボツになることも少なくなかった。だからこそ、自分たちの中で経験値を蓄積して共有したり、その技術を徹底的にリサーチして新しいアイデアを試したりできるチームをつくる必要性があったのです。

 現在、「アイデアとテクノロジーから生まれる  おもいもよらない体験で、人の心を動かし、あらたな未来を実装する。」というミッションを掲げ、大学や企業と共同研究をしたり、専門性を持った人を出向として受け入れてプロトタイプを制作したり、その成果を広告制作に活用したり、自由度の高い場所となっています。

 2014年末に立ち上げた当時は8人だったメンバーも、現在は約50人。そのうち半数くらいが、クリエーティブ・テクノロジスト。残りの半数がプロデューサーやクリエーティブ・ディレクター、アートディレクターやコピーライターです。

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──Dentsu Lab Tokyoを立ち上げて良かったことは。

 おかげさまで、立ち上げから約10年、拡張し続けています。新しい表現を生み出すところから始まり、その後、何か困っている人が楽しくなったり救われたりする仕組みやツールを開発し、体験設計なども手がけるようになりました。たとえば、パラリンピックの観戦体験を向上させる仕組みや、テクノロジーと絡めた服づくり、オリンピックミュージアムのインタラクティブな展示開発のほか、東京2020パラリンピック開会式と閉会式のテクノロジーを活用した演出なども担当しました。

 それと並行して、社会の課題解決もテーマに加わってきました。Dentsu Lab Tokyoでは、社会課題を楽しく解決する「PLAYFUL SOLUTION」というフィロソフィーも掲げています。その一例が、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症した武藤将胤さんとともに開発した、目の動きで演奏できる音楽装置です。この装置は、他の病気を持つ子どもたちにも活用されるようにもなっています。2023年9月に開催されたメディアアートの祭典「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」では、NTT人間情報研究所とともに筋肉の電気信号「筋電」を活用してデジタルアバターを操作し、身体性を取り戻すという実証実験も発表しました。

ALSのDJ、仮想空間で躍動 筋肉の信号、アバターに伝達

朝日新聞 2023年9月4日付 夕刊
朝日新聞社に無断で転載することを禁じる。承諾番号 23-3113

──Dentsu Lab Tokyoには、どういった相談が多いのでしょうか。

 僕らの特徴の一つは、企業の宣伝部からの依頼だけではなく、研究所や事業部などからの相談があること。相談内容の多くは、自社の技術を社会に役立つものにするアイデアを一緒に考えて欲しいというものです。NTTグループの研究機関であるNTT人間情報研究所とは、さまざまなプロジェクトを共創しています。※参考サイト:クライアント共創の「新しいカタチ」(電通報)

視点を変えたら見えてきた、 飲食店の本質的な価値

──Dentsu Lab Tokyoが手がけた仕事は、朝日広告賞を多数受賞されています。田中さんが手がけたサントリーの企業広告「人生には、飲食店がいる。」は、そのひとつです。

サントリー紙面

 僕は、どの仕事でも課題に対して一番適切な手段を選んでいて、この広告ではテクノロジーではなく、言葉、デザイン、映像で作っています。日頃、企画をするとき大事にしているのは、「物事の見方を少し変えること」です。今までこう見られていたけれど、こういう視点から見ると、この現象はこう捉えることもできる。そんな今までとは違う視点を見つけることで、人々の行動や考え方を変えることを心がけています。

 「人生には、飲食店がいる。」は、コロナ禍で飲食店の立場が苦しい時期に飲食店を応援する、サントリーの企業広告です。ただ、コロナ禍真っ只中で、企業が「飲食店に行きましょう!」とストレートに応援するのは、かなりリスクがありました。そんなとき気づいたのが、飲食店は単に食事をしたりお酒を飲んだりするだけの場所ではないことです。僕も若手の頃、仕事で悩んだとき、飲み屋で仲間に愚痴を聞いてもらったり、誰かが賞を獲ったらお祝いしたり。誕生日も恋愛も結婚も、飲食店は人生のいろんな局面で支えてくれた場所なんですよね。それは飲食店がもともと持っている価値であり、誰もが「そうそう」と思えること。視点を少し変えて飲食店の価値を伝えれば、「飲食店に行こう」と呼びかけなくても応援の気持ちが伝えられると考えました。

 テレビCMに映画のシーンを活用したのは、撮影の制約が多かったからです。また、撮影するとしてもアクリル板やマスク、ソーシャルディスタンスが必須で、それを守ると飲食店を魅力的に見せるのが難しかった。そうした状況を監督とも相談して、過去の映画の飲食シーンを活用する企画が生まれました。数々の名作映画のシーンで構成できたのは、企画に賛同し協力してくれた映画会社の方々のおかげです。

──2022年元日に掲載したJUJUのカバーアルバム『ユーミンをめぐる物語』の新聞広告は、ARと組み合わせることで新たな音楽体験を提供しました。

 この企画は当時、入社2年目だった九鬼慧太が担当しました。紙面のQRコードを読み込むと、ARで赤いレコードが回り出し、歌声が聞こえてくる。そして、JUJUからユーミンへの手紙の文字が宙に浮き上がり、楽曲『A HAPPY NEW YEAR 2022』の歌詞に変化していくという仕掛けです。
2021年度朝日広告賞の「広告主参加部門」準朝日広告賞を受賞

 新聞は読むメディアですが、視覚以外でもアルバムの魅力を伝える方法として、ARを活用するアイデアが生まれました。ARは屋外広告で利用されることも多いのですが、その場合、没入感は若干低い傾向があります。一方、一般的に新聞を広げるのは会社や家など室内で、1人で読むものですよね。今回、元日の新聞広告とARを組み合わせることで、より“パーソナルな体験”として提供できたと思います。紙という物質的なものとそれを拡張するARのような技術は、それぞれ単独での体験設計よりも組み合わさった時により効果が高いよね、と九鬼とも話していました。

JUJU

──セイコーグループは20231月、銀座4丁目のSEIKO HOUSE GINZAショーウィンドウで「希望のうさぎ」と題した体験型のディスプレーを展開しました。この施策は「日本中へ希望を繋ぐ」というテーマを掲げ、ショーウィンドウのうさぎが立体的に動き出す仕組みを開発。同様の体験ができるARを活用した元日広告も話題になりました。新聞広告を体験型にする上で工夫したことは?

 この企画は、大瀧篤が担当しました。新聞広告本来の目的は、セイコーホールディングスがセイコーグループへと社名変更し、企業姿勢を伝えること。そのために、新聞広告はセイコーグループが伝えたいメッセージ「感動で、世界をつなぐ。」を中心にデザインしました。そして、その言葉を体現する施策としてARを読み込むとうさぎが中心の世界観にガラッと切り替わる設計に。そうすることで、新聞広告の目的をより深く果たせると考えました。
2022年度朝日広告賞の「広告主参加 デジタル連携部門」準朝日広告賞を受賞

セイコー 希望のうさぎ

新聞だからできる“おもいもよらない”表現

──新聞とテクノロジーと組み合わせることで、Dentsu Lab Tokyoのフィロソフィーでもある「おもいもよらない」表現を生み出せる可能性は、まだまだありそうですね。

 朝日新聞が持っている記事のデータは、膨大ですよね。大量のデータベースはデータの時代でもある今は貴重で、それらをうまく活用すると何か新しいコミュニケーションの設計ができそうな気がします。

 そもそも、人間は「おもいもよらない」ことに出合ったり、体験したりしたとき、最も心が揺さぶられ、考え方や価値観が広がっていくものだと考えています。また、つくり手側である僕らにとっても、これからどうなるか分からない「おもいもよらない」ものをつくっているときのほうが面白い。だから、「おもいもよらない」というフィロソフィーは、目指すべきことでもあり、僕ら自身の視点でもあります。それは紙版の新聞記事との出合いにも似ている気がします。

 ウェブニュースはアルゴリズムで最適表示されていて「おもいもよること」しか出てこないからです。しかし、新聞をめくっていると、他メディアと違って、「情報の密度」「接触態度」が違う。世の中の面白い出来事や歴史など、「おもいもよらないこと」に出合うことができる。そんな人生のほうが、僕は豊かだと思っています。

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 「おもいもよらない。」というフィロソフィーには、「間違う。はみだす。そこから答えを探す。」というフレーズが続きます。それは、エラーやバグを大事にするという意味。デジタルの世界ではエラーやバグは異常値なので嫌がられますが、実はそこに注目することのほうが面白く、「おもいもよらない」表現にもつながると思っています。

──「おもいもよらない」表現は共感を呼び、朝日広告賞をはじめ、数々の広告賞も受賞しています。田中さんにとって朝日広告賞とはどんな存在ですか。

 クリエーティブの根源は、「言葉とデザインと新しい見方」であり、それだけで勝負できる朝日広告賞は本質的なアワードだと思っています。いろいろなアワードが誕生していますが、どこが主催しているかわかりづらく、いつの間にか終了しているものも少なくありません。そんな中、朝日広告賞は歴史ある朝日新聞が主催しており、70年以上も続いていますよね。それ自体も、朝日広告賞の価値の一つだと思います。

 若手の頃は、クリエーターの登竜門“と言われる朝日広告賞「一般応募の部」に何度も応募していましたが、一度も受賞することはできませんでした。だから、21年度に「人生には、飲食店がいる。」で受賞するまでは、朝日広告賞は僕にとって悔しい存在でもありました。

──最後に今後の取り組みや活動について教えてください。

 2023年125日から1225日まで、Dentsu Lab Tokyo初の企画展「愛と出会えたテクノロジー展をアドミュージアム東京で開催します。同館所蔵のアーカイブ33万点の中から、人に気づきを与えたり、背中を押したりするなど、愛と出会えた作品23点とともに、Dentsu Lab Tokyoが発足以来制作してきた作品から12作品を実物展示します。この企画展の作品を見て、触れて、体験いただくことで、テクノロジーをより身近に感じ、テクノロジーの可能性と楽しさを感じていただけたらうれしいです。

アドミュージアム東京

田中 直基(たなか・なおき)

Dentsu Lab Tokyo エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター

田中直樹_プロフィール-BW

 大学・大学院では、マテリアルエンジニアリングを専攻。現在は、コピー、映像、デザイン、テクノロジー、コンテンツ開発など、課題に適した手段を組み合わせニュートラルに企画、課題解決を行うクリエーティブ・ディレクター。

 主な仕事に、TOKYO2020パラリンピック開会式“PARAde of ATHLETES”、AI監視社会から逃れるカモフラージュ「UNLABELED」、「マツコロイド」、Eテレ「デザインあ」、サントリー「話そう。」、パートナーエージェント「ドロンジョとブラックジャック」、YouTube「好きなことで、生きていく。」など。 サントリー「人生には、飲食店がいる。」で2021年度 第70回 朝日広告賞を受賞。
 主な受賞歴に、TCC賞グランプリ、ADFESTグランプリ、ADC賞、ACC賞、Cannes LionsD&ADLondon International AwardNY ADC、文化庁メディア芸術祭審査員特別作品賞、グッドデザイン賞など。Cannes Lions (Mobile)Spikes AsiaDigital Craft, Mobile)、ADFEST (Digital, Digital Craft, Mobile)、宣伝会議賞、TCC賞、ACC賞など審査員歴も多数 。