Apple Vision Proは、米Apple社がリリースしたゴーグル型の空間コンピュータで、外界の映像に重ねて仮想スクリーンなどを投影するAR(拡張現実)やMR(複合現実)技術をベースとする。空間コンピューティング(Spacial Computing)とは、2003年頃に提唱された概念で、リアル空間のさまざまな情報をスキャンしてデジタル情報を組み合わせるテクノロジー全般のこと。
リアル空間とデジタル空間を統合して表示するデバイス
「Apple Vision Pro」とは、米Apple社がリリースしたゴーグル型デバイスであり、Apple史上初の空間コンピュータのこと。このデバイスには12個のカメラ、5つのセンサー、6つのマイクなどが搭載されており、周囲の空間をセンシングして、リアルタイムで情報を表示してくれるコンピュータといえる。米国で2024年2月2日に発売され、日本、中国、シンガポールでは6月28日に発売された。またイギリス、ドイツ、フランス、オーストラリア、カナダでは7月12日に発売されるなど、各国で順次リリースされている。
▲米Appleが投入した空間コンピューティングデバイス「Apple Vision Pro」は、その完成度の高さから大きな注目を集めている。(出典:YouTube)
Apple Vision Proを装着すると、現実世界のリアル空間がカメラによってリアルタイムで映し出され、その上にアイコンやディスプレイなどのデジタル情報が、重ね合わせて表示される。ハンドトラッキング技術によりユーザーの手の動きや位置を認識するため、手や指のジェスチャで操作することができる。また目線や声を使った直感的操作も可能だ。ディスプレイは片目だけで4Kテレビ以上のピクセル数を誇るため、カメラ越しに見る外界の映像はかなりリアルに感じられる。この仕組みをビデオシースルー方式という。ちなみにスマートグラスなどで、半透明のレンズ部分に情報だけ表示される仕組みは光学シースルー方式といい、中国XREAL社の「XREAL Air 2」などが有名だ。
空間コンピューティング(Spatial computing)とは、上記のようにリアル空間とデジタル空間を統合し、ユーザーが物理的な環境とインタラクションしながらデジタル情報を操作できるテクノロジー全般のこと。AR(拡張現実)やVR(仮想現実)、MR(複合現実)などを含むXR(クロスリアリティ)によって、リアル空間にデジタル情報を表示したり、それを操作する体験などが含まれる。このようにリアル空間とデジタル空間を融合する空間コンピューティングは、「デジタルツイン/ミラーワールド」とも地続きの概念だ。
ブランディングからエンタメ、B2Bまで活用の可能性は幅広い
空間コンピューティングは、もともと2003年にサイモン・グリーンウォルド氏がMIT(マサチューセッツ工科大学)に提出した論文で提唱された概念で、「現実の物体や空間へのレファレンス情報を保持・操作するマシンと、人間との相互作用(interaction)」と定義されている。「MagicLeap」や「Microsoft HoloLens」などのMRデバイスが登場した頃から使われてきた概念だが、最新鋭デバイス「Apple Vision Pro」の登場で改めて注目されている。今後、エンターテインメントやスポーツ、ショッピングなどの没入型体験から、デザイナーやエンジニアを対象としたクリエイティブツールの提供、B2Bでの教育トレーニングなど、さまざまな分野での活用が期待されている。
▲米ビーガンコスメブランド「e.l.f」は、Apple Vision Pro用アプリ「your best e.l.f.」を通じたブランド体験の提供を行っている。(出典:YouTube)
たとえば米ビーガンコスメブランド「e.l.f.」は、Apple Vision Pro用アプリ「your best e.l.f.」をローンチしている。3D空間でガイド付き瞑想やストレッチエクササイズ、インタラクティブな塗り絵ゲーム、Apple Payでのショッピングなどを体験できて、ブランドの世界観の中で"最高の自分"を探求できるという。また米マーベルは、没入型ストーリー「What If...?」をApple Vision Pro用に投入している。握り拳をつくればドクター・ストレンジのようなシールドが現れるなど、ストーリーの中に入り込むことができる。
▲独ポルシェは、サーキットでのレース状況をエンジニアが多面的に把握できるようにApple Vision Pro用「Porsche Race Engineer」アプリを開発している。(出典:YouTube)
B2B領域での活用も模索されている。米eXeX社は英クロムウェル病院と連携して、Apple Vision Proを外科手術に活用する検証を進めている。医療スタッフが無菌室でデバイスを装着し、手術ガイドや医療機器セットアップなどのナビゲーション、スタッフ連携などをハンズフリー・タッチフリーで実現したという。独ポルシェは、サーキットでのレースのパフォーマンスをリアルタイムで視覚化できる「Porsche Race Engineer」アプリを開発した。またKLMオランダ航空では、整備担当者がメンテナンス前にVision Proで3Dモデルを表示し、作業フローをひとつひとつ確認するなど、業務効率化に活用しているという。
空間コンピューティングの進化とマーケティング活用の可能性
Apple Vision Proの発売を機に盛り上がっている空間コンピューティングだが、前述の「XREAL Air 2」や米Meta社「Meta Quest 3」など、多様な視聴デバイスが市場投入されており、徐々に普及の兆しがある。
▲中国XREAL社が投入する「XREAL Beam Pro」は、3D空間ビデオのコンテンツ撮影などに最適化したAndroidデバイスとして注目を集める。(出典:YouTube)
ブランディングやクリエイティブ目線でいうと、XREAL社が投入した空間コンピューティング端末「XREAL Beam Pro」も注目度が高い。これはスマホのようなAndroid端末で、人間の目と同じように2つのカメラを背面に搭載しており「3D空間ビデオ」の撮影に特化した端末だ。MRデバイス向けの空間ビデオ・空間コンテンツの制作が容易になれば、空間コンピューティング領域全体が盛り上がっていくだろう。
このように視聴デバイス側とコンテンツ制作側の両面から盛り上がりを見せている空間コンピューティングは、マーケティングに活用できるポテンシャルも大きい。今後の動向を注視したい。
<参考文献・引用文献>
■Spatial Computing
■Apple Vision Pro
■空間コンピューティング
■アップル「Vision Pro」が約60万円で日本上陸。既に「日本語入力」対応、新OSで電車モードも用意
■Appleの「Vision Pro」を外科手術に活用。英病院と米ソフトウェア企業が協力
■Appleが「Vision Pro」の活用事例を公開。シミュレーションやトレーニング、デザインに生産性向上まで幅広く
■「Apple Vision Pro」でマーベルの世界を体験──“没入型ストーリー”の課題と可能性
■クック氏、ポルシェ発表に登場。未来への布石か?
■“最高の自分”を体現。「e.l.f.」がApple Vision Pro用のアプリをローンチ
■ARグラス「XREAL」、"スマホ型"空間コンピューティング端末を発表 3D撮影も手軽に
ADKマーケティング・ソリューションズ/SCHEMA
クリエイティブ・ディレクター/クリエイティブ・テクノロジスト
デジタルやテクノロジー分野での経験を武器に、未来志向のクリエイティブ開発やSFプロトタイピングを得意とする。主な仕事に、障害者の社会参画をテーマにした「分身ロボットカフェDAWN」、ブラックホール理論が導く”役に立たない未来のプロトタイプ"を空想した「Black Hole Recorder」、日本科学未来館「Mirai can_!」など。Cannes Lions、D&AD、SPIKES ASIA、ADFEST、ADSTARS、ACC、Prix Ars Electronica、メディア芸術祭、グッドデザイン賞ほか受賞歴多数。JAAAクリエイター・オブ・ザ・イヤー2020メダリスト。